
うちに犬が来たのは、娘が3歳の誕生日を迎える2週間前だった。
正確にはゴールデンレトリバーの子犬で、名前はクッキー。娘が名付けた。なんでクッキーなのかは今でもわからない。別にクッキー色でもないし、むしろ真っ白なんだけど。子供の感性ってそういうものかもしれないね。
最初の半年くらいは本当に大変だった。娘はクッキーを「ぬいぐるみ」だと思っていたらしく、無理やり抱っこしようとして何度も転んだ。クッキーの方も加減を知らないから、じゃれついて娘を倒す。二人とも泣く。私が仲裁に入る。この繰り返し。
ある朝、リビングに降りていったら娘がクッキーの水入れに自分の麦茶を注いでいた。「のどかわいたかなって」と言う。優しさの方向性が謎すぎる…だけど。
それから2年くらい経って、娘が5歳になった頃だったかな。変化に気づいたのは。クッキーが散歩中に急に立ち止まって動かなくなったとき、娘が「疲れたのかな」ってしゃがみこんで、クッキーの顔を覗き込んだんだよね。で、「ちょっと休憩する?」って話しかけてた。誰も教えてないのに。
保育園から帰ってくると、娘は真っ先にクッキーのところへ行く。ランドセルも放り出して。「今日ね、お絵描きでね」って一方的に話しかけてる。クッキーは尻尾を振りながら聞いてる。いや、聞いてるフリをしてるだけかもしれないけど、娘にとってはちゃんと聞いてくれる相手なんだろう。
そういえば去年の夏、家族で軽井沢に行ったときのこと思い出した。ペット同伴OKのコテージを予約したんだけど、着いた途端にクッキーが興奮して庭中を走り回って、娘も一緒に走って、二人とも30分後には庭の隅で並んで寝てた。あの光景、写真に撮っておけばよかったな。
クッキーのご飯の時間になると、娘が「ごはんだよー!」って叫ぶのが日課になってる。最近は自分でドッグフードを計量カップで測って、ボウルに入れてる。こぼすけど。床がカリカリだらけになるけど。でも真剣な顔でやってるから、私は黙って見てる。
7歳になった今、娘はクッキーのブラッシングを担当してる。週に2回、土曜の朝と水曜の夕方。自分で決めたスケジュール。ブラシを持って、クッキーの毛並みに沿ってゆっくり動かす。「痛くない?」って何度も確認しながら。クッキーは気持ちよさそうに目を細めてる。
面白いのは、娘が学校で嫌なことがあった日。帰ってきて何も言わないんだけど、クッキーの側にずっといる。抱きついて、顔を毛に埋めて。そうやって30分くらいじっとしてると、なんとなく落ち着くらしい。言葉にしなくても、温もりだけで十分なときってあるんだよね。
去年の冬、クッキーが体調を崩して動物病院に入院した。3日間だけだったけど、娘は毎晩クッキーのベッドの横で寝た。「さみしくないように」って。空っぽのベッドに話しかけてた。「明日帰ってくるからね」って。
退院の日、車から降りたクッキーを見て、娘は走って抱きついた。「おかえり」って何度も言ってた。クッキーも尻尾を振りまくってた。あの日の夕方の光の感じとか、娘の声のトーンとか、今でも鮮明に覚えてる。
最近、娘が「クッキーって、いつまで一緒にいられるの?」って聞いてきた。答えに困った。正直に言うべきか、曖昧にすべきか。結局「わかんないけど、今一緒にいられることが大事なんじゃない?」って言った。娘は「そっか」って言って、それ以上何も聞いてこなかった。
ペットと暮らすって、こういうことの積み重ねなのかもしれない。大げさな教育とか、計画的な情操教育とか、そういうのじゃなくて。朝起きたらいて、帰ったらいて、一緒に過ごす時間があって。それだけ。
娘がこれからどんな大人になるのか、私にはわからない。クッキーと過ごした時間が、娘の中でどんな意味を持つのかも、今はまだわからない。ただ、毎日のちょっとした瞬間に、娘が誰かを思いやる表情を見せるとき、ああこれでよかったんだなって思う。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI


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