ペットがくれた、子供の「やさしい手」の正体

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うちの犬が娘の膝の上で寝息を立てている。

この光景を初めて見たのは去年の秋だったと思う。それまで娘は犬をどう触っていいかわからなくて、いつも遠くから「かわいい」って言うだけだった。触ろうとすると手がぎこちなくて、犬の方も「なんだこいつ」みたいな顔をしてた。子供の手って力加減がわからないから、ペットからすれば結構怖いんだろうなって思ってた。

でも最近、娘の手つきが変わってきた。犬の頭を撫でるとき、耳の後ろをかいてあげるとき、ブラシをかけるとき。どれも妙に丁寧で、ゆっくりしてる。私が教えたわけじゃない。気づいたらそうなってた。

朝の光が差し込むリビングで、娘は犬の毛並みに沿って手を動かす。犬は目を細めて、喉の奥で小さく鳴く。あの音、満足してるときの音だ。娘はそれを聞いて、少し誇らしげに笑う。

そういえば前に、娘が友達の家で金魚に餌をやろうとして、水槽ごとひっくり返しかけたことがあった。あれは本当に焦った。生き物との距離感がわからない子だったんだよね、昔は。

ペットと子供の関係って、最初から完璧じゃない。娘も最初の頃は犬のしっぽを引っ張ったり、寝てるのに無理やり起こそうとしたり、正直ハラハラすることばかりだった。犬も犬で、娘が近づくと逃げてた。お互いに「こいつ、よくわかんない」って思ってたんだと思う。でもある日、娘が犬の水入れに新しい水を入れてあげたとき、犬がすぐに飲みに来た。それを見た娘の顔が、パッと明るくなった。ああ、喜んでくれたんだって気づいた瞬間だったんだろう。

それから娘は犬の様子をよく見るようになった。耳が下がってるときは不安なんだとか、しっぽの振り方で機嫌がわかるとか、私が教える前に自分で気づいてた。子供って、本当に必要なことは勝手に学ぶんだなって思った。

夕方、散歩から帰ってきた犬の足を娘が拭いてあげる。タオルを持つ手が、もう乱暴じゃない。犬も嫌がらずにじっとしてる。この信頼関係、いつの間にこんなに育ったんだろう。

ペットがいると、子供は「相手の気持ちを想像する」ってことを自然に覚える。犬は言葉を話さない。だから娘は、犬の表情や仕草から「今、何を感じてるのか」を読み取ろうとする。それって、人間関係でも大事なことだよね。誰かの気持ちを想像する力。言葉にならないものを感じ取る力。

ある雨の日、娘が学校から帰ってきて泣いてた。友達と喧嘩したらしい。何も言わずに犬のそばに座って、ずっと犬を撫でてた。犬は娘の顔を舐めて、膝の上に顎を乗せた。娘は泣きながら笑ってた。ペットって、何も言わないけど、そばにいてくれるだけで救われることがあるんだよね。

子供にとってペットは、初めて「自分以外の誰か」を本気で心配する対象になる。犬が体調を崩したとき、娘は自分のおやつを我慢して、犬用のおやつを買ってあげたいって言った。自分より誰かを優先するって、子供にとっては結構大きな一歩だと思う。

今、娘は犬の寝顔を見ながら宿題をしてる。時々、犬の背中に手を置いて、呼吸を確かめるみたいに触ってる。

ペットと子供のふれあいって、教えるものじゃなくて、育つものなんだろうな。時間をかけて、失敗しながら、少しずつ。娘の手が、いつの間にか「やさしい手」になってた理由は、たぶんそういうことだと思う。

まあ、明日にはまた犬のおもちゃを投げすぎて怒られるかもしれないけど。

組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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