
うちに犬が来たのは、息子が4歳の秋だった。
最初の一週間は正直、地獄だったと思う。息子は興奮しすぎて犬を追いかけ回すし、犬は犬で慣れない環境に怯えて部屋の隅でずっと震えてる。私は二人の間に入って「やさしくね」「そっとね」って何百回言ったか分からない。夜中に犬が遠吠えして、それに息子が起きて泣いて、もう何がなんだか。
でも三週間くらい経った頃だろうか、リビングで変な光景を見た。息子が床に寝転がって、犬の目線に自分を合わせてたんだよね。「こわくないよ」って、すごく小さな声で話しかけてた。あの瞬間、ああこの子なりに考えてるんだなって思った。
犬の名前はモカ。雑種の中型犬で、保護施設から引き取った子だ。最初は人間を警戒してたけど、息子の根気強さに負けたのか、少しずつ距離が縮まっていった。息子がおやつを手のひらに乗せて、じっと待ってる姿を見ると、こっちまで息を止めたくなる。モカがそろそろと近づいて、おやつを食べる。息子の顔がぱあっと明るくなる。
そういえば前に行ったカフェで、隣の席の人が「子供とペットって相性悪いんじゃないの」みたいなこと言ってたんだけど。確かにリスクはあるし、責任も重い。でも少なくともうちの場合は、息子がモカから学んでることのほうが圧倒的に多いと感じてる。
例えば「待つ」ってこと。モカは散歩の前、玄関でちゃんと座って待つ。それを見て息子も、自分の順番を待つようになった。幼稚園の先生にも「最近、落ち着いてきましたね」って言われて、内心ガッツポーズしたのは秘密。
それから、相手の気持ちを想像する力。モカは言葉を話さないから、息子は表情やしっぽの動き、耳の向きで機嫌を読み取ろうとする。「いまモカ、ねむいんだって」とか「さびしいんだって」とか、勝手に通訳してくれるんだけど、意外と当たってるから面白い。最初の頃は「遊ぼう!」って一方的だったのに、今では「モカが嫌がってるからやめとく」って自分で判断できるようになった。
朝の時間帯、息子がモカのブラッシングをするのが日課になってる。窓から差し込む光の中で、小さな手が毛並みを整えてる様子を見ると、なんだか時間がゆっくり流れてる気がする。モカは目を細めて気持ちよさそうにしてて、息子は真剣な顔でブラシを動かしてる。あの空気感、言葉にするのは難しいけど。
ただ、いいことばかりじゃないのも事実で。息子がモカの耳を引っ張って怒られたこともあるし、モカが息子のおもちゃを噛み壊したこともある。そのたびに「生き物を飼うって大変だね」って話し合う。泣いたり怒ったりもするけど、それも含めて学びなんだろうなと思ってる。
雨の日、散歩に行けなくてモカが退屈そうにしてると、息子が自分の部屋からぬいぐるみを持ってきて一緒に遊んであげたりする。「モカもつまんないよね」って。自分以外の誰かのために何かをする、そういう気持ちが自然に芽生えてるのを見ると、ペットとの暮らしって悪くないなって思う。
夏の夕方、三人で近所の公園に行くことがある。モカは芝生を駆け回って、息子はそれを追いかけて、私はベンチでその様子を眺めてる。風が吹くと、犬の匂いと草の匂いが混ざって、なんとも言えない夏の匂いがする。息子の笑い声が響いて、モカが嬉しそうに吠えて。
正直、ペットを飼う前は「子供の情操教育にいい」とか、そういう立派な理由を並べてたけど、実際はもっと単純なことだった気がする。
一緒にいて、楽しいから。それ以上でもそれ以下でもない。息子がモカに「だいすきだよ」って囁いてる声を聞くと、ああこれでよかったんだなって思う。完璧な飼い主でもないし、完璧な親でもないけど、三人でなんとかやってる。それで十分なんじゃないかな、って。
モカが息子の足元で丸くなって眠ってる。息子はその背中に手を置いて、絵本を読んでる。私はキッチンでその様子を横目に見ながら、明日の夕飯何にしようかなって考えてる。そういう日常が、案外いちばん大事なのかもしれない。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI


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