
うちの娘が犬の散歩に一人で行けるようになったのは、去年の秋だった。
それまでは「怖い」って言って絶対にリードを持とうとしなかったんだよね。柴犬のハルは中型犬だから、確かに5歳の子供には力が強すぎるかもしれない。でも怖がる理由はそれだけじゃなくて、娘は「ちゃんとできなかったらどうしよう」っていつも考えちゃうタイプで。幼稚園でも工作の時間になると固まっちゃうし、運動会の練習でも「できない」が口癖になってた。
正直、親としてはどう声をかけていいか分からなくて困ってたんだけど。
ハルが来たのは娘が3歳の春。ペットショップじゃなくて、知り合いのブリーダーさんから譲ってもらった子で、最初は本当に小さくてふわふわで。娘も最初は遠くから見てるだけだったのが、ハルがよちよち歩いてるのを見て「赤ちゃんみたい」って少しずつ近づいていった。触れるようになるまで2週間くらいかかったかな。
面白いのは、娘がハルの世話を「やらなきゃいけないこと」として捉えてなかったこと。朝起きたらハルのケージを覗きに行って、ご飯の時間には自分のスプーンでドッグフードをすくって入れてあげて。失敗しても「あ、こぼれちゃった」で終わり。私が「ちゃんとやりなさい」なんて言う必要がなかった。ハルは文句言わないし、多少ご飯がずれてても尻尾振ってるし。
そういえば、去年の夏にハルが体調崩した時があって。動物病院に連れて行ったら、先生が「ストレスかもしれませんね」って言ったんだよね。えっ、犬もストレス感じるの?って驚いたんだけど、考えてみれば当たり前か。生き物だもんね。その時、娘がハルの頭をずっと撫でながら「大丈夫だよ」って小さい声で話しかけてて。病院の待合室って独特の消毒液の匂いがするじゃない?あの匂いの中で、娘の手がハルの茶色い毛の中に埋まってる光景が妙に印象に残ってる。
娘が変わったのは、その後くらいからだったかもしれない。
幼稚園から帰ってくると、ランドセル置く前にハルの様子を見に行くようになった。「今日ね、お絵描きで先生に褒められた」とか「かけっこで転んじゃった」とか、ハルに報告してる。ハルは首を傾げて聞いてるだけなんだけど、娘にとってはそれが大事な時間みたいで。私に話す時より、言葉が滑らかなんだよね。
で、散歩の話に戻るんだけど。
ある日の夕方、私が体調悪くて横になってた時、娘が「ママ、ハルのお散歩行ってくる」って言い出した。え、一人で?って聞いたら、「うん、公園の周りだけ」って。正直迷ったよ。でも娘の顔が今までと違ってて、「やらなきゃいけない」じゃなくて「やりたい」って顔してたから、リードの持ち方だけ確認して送り出した。
15分後に帰ってきた娘は汗だくで、ハルも舌出してハァハァ言ってて。「ハル、すごい引っ張るね」って笑いながら言った。怖くなかった?って聞いたら、「ちょっと怖かったけど、ハルが楽しそうだったから」って。
その答えが全てだったと思う。
娘は今、小学1年生になって、相変わらず慎重な性格は変わってないけど、「できない」って言う前に一回やってみるようになった。鉄棒も、縄跳びも、最初はぎこちないけど、ハルに「見ててね」って言いながら練習してる。できなくても、ハルは変わらず尻尾振ってるから、娘も「まぁいっか」って思えるみたい。
ペットを飼うって、世話が大変だとか、責任が必要だとか、そういう話をよく聞くけど。
実際はもっと複雑で、もっと柔らかいものだと思う。娘はハルから何を学んだのか、私にもうまく説明できない。ただ、朝の光の中でハルと並んで歩く娘の後ろ姿を見ると、ああ、この子は大丈夫だなって思えるんだよね。根拠はないんだけど。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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