ペットが玄関で待っている生活って、思ってたのと全然違った

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最初に鍵を開けた瞬間の音で、もう向こうは気づいてる。

一人暮らしを始めて三年目の秋、なんとなくペットショップに寄ったのがすべての始まりだった。別に飼うつもりなんてなかったんだけど、ガラス越しにこっちをじっと見てくる小さな生き物がいて、気づいたら店員さんと飼育環境の話をしていた。「週末だけ見に来よう」とか自分に言い訳しながら、結局その日のうちに必要なものを全部揃えて帰ったのを覚えてる。今思えば完全に一目惚れだったんだろうな。

会社からの帰り道が変わったのは、それからすぐだった。以前は駅前のコンビニで適当に夕飯を買って、スマホ見ながらだらだら歩いて帰ってたのに、今は改札を出た瞬間から足が速くなる。別に急いでるわけじゃないんだけど、自然と歩幅が広がってしまう。エレベーターが遅いと感じるようになったのもこの頃からで、三階なのに階段を使うようになった。息切れしながらドアの前に立って、鍵を探す手がちょっと震えてたりする。

ドアを開けると、いつもの場所にいる。

玄関から三メートルくらいのところ、リビングとの境目あたり。そこで待ってるんだよね。近すぎず遠すぎない、絶妙な距離感。最初の頃は玄関まで来てくれてたんだけど、一度私が大きな荷物を持って帰った時にぶつかりそうになってから、あの位置に落ち着いた。賢いというか、学習能力高いというか。こっちが靴を脱ぐ音、カバンを置く音、上着を掛ける音。その一連の流れを聞きながら、じっと待ってる姿がたまらなく愛おしい。

ところで全然関係ないんだけど、先週スーパーで「ペットボトルのお茶」を買おうとして、一瞬「ペットのお茶」って空目したんだよね。疲れてたのかな。

夜の八時過ぎ、部屋の照明は温かいオレンジ色で、外からは遠くの車の音がかすかに聞こえる。その静けさの中で、小さな足音だけが近づいてくる。仕事で嫌なことがあった日も、上司に理不尽なことを言われた日も、この瞬間だけは全部どうでもよくなる。「おかえり」なんて言葉は交わさないけど、目が合った瞬間に通じ合うものがある気がする。勝手にそう思ってるだけかもしれないけど。

餌をあげて、水を替えて、少し遊んでやる。このルーティンが平日の夜を支えてる。休日の予定を立てる時も、「長時間家を空けられない」っていう制約が自然と入るようになった。友達からの旅行の誘いを断ることも増えたし、飲み会も二次会には行かなくなった。寂しい生活だと思われるかもしれないけど、全然そんなことない。むしろ帰る場所があるって、こんなにも心強いものなんだって初めて知った。

一人暮らしの部屋に帰っても、真っ暗で冷たい空気が待ってるだけだった頃とは大違い。今は鍵を開ける前から、中で誰かが待っててくれるって分かってる。その「誰か」は人間じゃないけれど、確実にそこに存在していて、私の帰りを待っててくれる。冬の寒い日なんて特にそう。外の冷たい空気から逃げ込むように部屋に入ると、暖房の効いた部屋の温もりと、小さな生き物の体温が迎えてくれる。

最近、会社の後輩が「一人暮らし、寂しくないですか」って聞いてきた。

その質問に即答できなかったのは、寂しいかどうかなんて考えたこともなかったから。朝、出かける時に「行ってくるね」って声をかける相手がいて、夜帰ってきたら「ただいま」って言う相手がいる。それだけで十分だと思ってる。人間関係みたいに複雑じゃないし、気を使う必要もない。ただそこにいてくれるだけでいい。そういう存在が家にいるっていうのは、想像してた以上に大きな支えになってる。

週末の朝、いつもより遅く起きた時の罪悪感も含めて、全部がペットとの生活なんだと思う。平日は時間通りに餌をあげられるのに、休みの日は自分が寝坊してしまって、お腹を空かせて待たせてしまう。そんな時の申し訳なさと、それでも変わらず迎えてくれる姿に、毎回救われてる。

これからもずっと、この生活が続くといいなとは思う。でも未来のことなんて誰にも分からないし、今この瞬間を大切にするしかない…んだけど。

組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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