ペットが玄関で待ってる生活って、こんなに違うんだ

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金曜の夜、鍵を開ける瞬間が一番好きかもしれない。

ドアノブに手をかけた時点で、もう向こう側から気配がする。小さな足音というか、爪が床を引っ掻く音というか。一人暮らしを始めて三年目、去年の秋に猫を飼い始めてから、この「ただいま」の感覚が完全に変わってしまった。それまでは帰宅って、ただ疲れた体を休める場所に戻るだけの作業だったのに。

玄関開けた瞬間、ミルコが廊下の真ん中で仰向けになってる。名前の由来は特にない。ペットショップで会った日になんとなく浮かんだだけ。茶トラの雑種で、お腹を見せながらこっちをじっと見てくる。「お前、俺が帰ってくるの分かってたろ」って毎回思うんだけど、猫って本当にそういうの分かるらしい。靴を脱ぐ前から、もう喉をゴロゴロ鳴らしてる。

仕事終わりの電車の中で考えるのは、だいたい夕飯のこと。自分の分じゃなくて、ミルコの餌が切れてないかとか、今日は何時に餌やったっけとか。朝バタバタしてると、ちゃんとあげたかどうか記憶が曖昧になることがある。スマホのメモアプリに「朝ごはん済」って書き込む習慣をつけたのは、二回連続であげちゃった失敗があったから。あの時のミルコの満足そうな顔、今思い出しても笑える。

リビングに入ると、いつもの定位置であるソファの背もたれにミルコが飛び乗ってくる。ここから俺の肩に乗り移るのが彼の日課。重さは4キロちょっと。最初の頃は2キロくらいだったのに、この半年でずいぶん貫禄がついた。肩に乗ったまま、耳の後ろあたりをスリスリしてくる。この時の、猫特有の少し埃っぽいような、日向の匂いみたいなのが妙に落ち着く。

そういえば先週、会社の後輩が「ペット飼うと自由がなくなりませんか」って聞いてきた。確かに、急に泊まりの出張とか入ると面倒ではある。自動給餌器は買ったけど、それでも二日以上家を空けるのは気が引ける。でも「自由がなくなる」っていう感覚は、正直あんまりない。むしろ逆かも。

帰る場所に誰かがいるって、変な話、外での振る舞い方を変える。残業を断る理由ができたし、無駄な飲み会も減った。「猫が待ってるんで」って言うと、意外とみんな納得してくれる。人間相手だと「彼女?」とか余計な詮索が入るけど、ペットだとそうならない。便利な盾というか。

夜の10時過ぎ、ソファに座ってスマホをいじってると、ミルコが膝の上に乗ってくる。このタイミングがだいたい決まってて、ニュースアプリを開いて三つ目の記事を読んでる頃。体内時計でも持ってるのか、それとも俺の動きを完全に把握してるのか。膝の上で丸くなって、目を細めながらこっちを見上げてくる表情が、なんというか、無防備すぎて罪深い。

一人暮らしの部屋って、音がないと妙に寂しい。テレビつけっぱなしにしたり、音楽流したりしてたのは、結局その静けさから逃げてただけかもしれない。今は、ミルコが水を飲む音とか、毛づくろいしてる時のペチャペチャした音とか、そういう小さな生活音が部屋を満たしてる。誰かの気配がある静けさ。それが心地いい。

休日の朝、目が覚めると顔の横にミルコがいる。いつから寝てたのか知らないけど、大抵、枕を半分占領されてる。寝相が悪いのは人間だけじゃないらしい。起き上がろうとすると、「まだ早い」とでも言いたげな目でこっちを見る。休みの日くらいゆっくり寝かせてくれよ、と思いながらも、その視線に負けてもう一度布団に潜り込む。二度寝の言い訳ができるのも、ペットがいる特権だと思ってる。

飼う前は、世話が大変そうとか、お金がかかるとか、そういうネガティブな想像ばかりしてた。実際、病院代とか餌代とか、それなりに出費はある。でも、その計算って結局、損得勘定でしかない。帰宅した瞬間の、あの「待ってた」っていう空気感は、金額に換算できるものじゃない。

夜中の2時、ふと目が覚めると、ミルコが窓辺に座って外を見てる。

何を見てるんだろう、と思いながら、また眠りに落ちる。明日も仕事だけど、帰ったらまた玄関で待っててくれるんだろうな…って考えると、月曜の朝も少しだけマシに思える。

組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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