ペットが玄関で待ってる生活って、思ってたのと全然違った

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会社のドアを出た瞬間から、もう帰りたくて仕方ない。

一人暮らしを始めて3年目の秋、ふとしたきっかけでハムスターを飼い始めた。名前はモカ。理由は体の色がカフェラテみたいだったから、という安直なネーミングだ。ペットショップで小さなケージと回し車と、店員さんに勧められるままエサを買って、なんとなく「これで寂しくなくなるかな」くらいの軽い気持ちだったんだけど。

帰宅する時間が近づくと、モカは決まってケージの前で待っている。最初は偶然だと思ってた。でも毎日同じ時間に同じ場所にいるから、もしかしてこいつ、俺の帰りを分かってるのかもしれないって気づいた瞬間、なんだか胸がぎゅっとなった。電車の中でスマホをいじりながら「今日もあそこにいるかな」って考えてる自分がいて、それだけで駅から家までの10分が楽しみになる。鍵を開ける音がすると、ケージの中で立ち上がってこっちを見てくるんだよね。

前の職場の同僚が犬を飼ってて、よく「帰ると尻尾振って飛びついてくるんだよ」って自慢してきたことがあった。正直その頃は「ふーん」くらいにしか思ってなかったけど、今ならあいつの気持ちが分かる気がする。

ペットとの生活って、想像してたより全然手間がかかる。ケージの掃除は週に2回、水は毎日替えて、エサの減り具合もチェックしないといけない。休日の朝、二度寝したい気持ちを抑えてケージを覗くと、モカがこっちを見てる。「おはよう」って声をかけると、鼻をひくひくさせながら近づいてくる。その仕草がたまらなく可愛くて、結局30分くらい眺めてしまう。予定より遅く家を出て、待ち合わせに遅刻したことも一度や二度じゃない…けど。

夜中の2時とか3時に帰宅する日もある。残業が続いて、疲れ果てて玄関のドアを開けるとき、真っ暗な部屋に入るのが嫌だった頃を思い出す。今はリビングの小さな明かりをつけっぱなしにしてる。モカのために、というより自分のためかもしれない。ケージに近づくと、寝てるはずのモカがもぞもぞと起き出してくる。「起こしちゃったかな」って罪悪感と、「起きてくれたんだ」っていう嬉しさが混ざった変な気持ちになる。

一人暮らしの楽しみって何だろうって考えたとき、昔は「自由」って答えてた。好きな時間に寝て、好きなもの食べて、誰にも文句言われない生活。それは確かに楽だったけど、楽しかったかと言われると微妙だった。モカが来てから、自由は少し減った。旅行に行くときは誰かに預けないといけないし、夜遅くまで飲み歩くこともためらうようになった。でも帰る場所に誰かがいるっていう感覚は、思ってたより重要だったみたい。

冬の夕方、18時過ぎに帰宅する頃には外はもう真っ暗で、街灯の明かりが白く浮かんでいる。コートのポケットに手を突っ込んで、吐く息が白いなって思いながら歩く。自動販売機の前で缶コーヒーを買おうか迷って、結局買わずに通り過ぎる。早く帰りたいから。この感覚、以前はなかった。

友達に「ハムスター飼ってるんだ」って話すと、だいたい「可愛いよね〜」で終わる。そうじゃないんだよって言いたくなるけど、うまく説明できない。可愛いのは当然として、それ以上に「待っててくれる」っていう事実が大きい。誰かのために帰る理由があるって、こんなに日常を変えるんだなって。

最近、モカ用のグッズを売ってる「ペティハウス」っていう専門店に通うようになった。別に必要ないものまで買ってしまう。新しいおもちゃとか、ちょっと高級なおやつとか。店員さんに顔を覚えられて「またいらっしゃいました」って笑われるけど、まあいいかって思ってる。モカが喜ぶ顔を想像すると、財布の紐が緩むんだよね。

ペットとの生活が特別だとは思わない。ただ、帰る場所があるっていう当たり前のことが、少しだけ意味を持つようになった。それだけのことなんだけど…まあ、悪くない。

組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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