
うちの娘が犬の耳を引っ張って泣かれたのは、確か3歳の夏だった。
あの頃はまだ、生き物に触れるってことの意味を理解してなくて。ぬいぐるみと同じ感覚で、ゴールデンレトリバーのマロンの耳をぎゅっと掴んだら、キャンって鳴かれて。娘も驚いて泣き出して、私も慌てて、リビングが一時パニック状態になった。でもマロンは怒らなかったんだよね。ただじっと娘の顔を見つめて、そっと鼻先で娘の手を押し返すようにしただけ。
そこから何かが変わった気がする。娘はマロンに触るとき、最初に自分の手をマロンの鼻先に持っていくようになった。誰に教わったわけでもないのに。マロンが匂いを嗅いで、しっぽを振ったら触る。そういうルールを、二人の間で勝手に作ってた。
保育園から帰ってくると、玄関でマロンが待ってるのが日課になって。娘は靴も脱がずにマロンに抱きついて、今日あったことをペラペラ喋るんだけど、マロンは本当に聞いてるみたいな顔で座ってる。「先生にね、お絵描き褒められたの」とか「給食のにんじん残しちゃった」とか、どうでもいい報告を全部。私が夕飯の支度してる間、二人でリビングの隅に並んで座ってることもあった。娘は絵本を音読して、マロンは時々あくびしながら聞いてる。
小学校に上がる前、娘が突然「マロンのごはん、私があげる」って言い出した時は正直驚いた。それまで私の仕事だったから。でも任せてみたら、ちゃんと計量カップで測って、お皿に入れて、マロンの前に置いて。「待て」も「よし」も、私より上手に言えてた。
ある日の夕方、娘が学校で嫌なことがあったらしくて、帰ってきてから部屋に閉じこもっちゃったことがある。声かけても返事しないし、夕飯もいらないって。困ったなと思ってたら、マロンが娘の部屋のドアの前でずっと座ってた。30分くらいそうしてたかな。そしたら娘がドアを開けて、マロンを部屋に入れて、また閉めた。中で何話してたのかは知らない。でも1時間後に出てきた娘の顔は、少し落ち着いてた。
そういえば、私が子供の頃飼ってたハムスターのことを思い出した。名前は「チョコ」で、すごく可愛がってたんだけど、ある日学校から帰ったら回し車の前で動かなくなってて。あの時の衝撃は今でも覚えてる。でも親は何も説明してくれなくて、ただ「チョコは天国に行ったのよ」って言っただけで…まあ、それはいいか。
娘は今、小学3年生。マロンの散歩は週に2回、娘の担当になってる。最初は私も一緒についていったけど、最近は一人で行かせてる。近所の公園までの往復だけだけど。リードの持ち方も、他の犬とすれ違う時の対応も、全部自分で覚えた。というか、マロンが教えたのかもしれない。
面白いのは、娘がマロンの体調の変化に私より先に気づくこと。「なんかマロン、今日元気ないよ」とか「足、痛そうにしてる」とか。実際に獣医さんに診てもらったら、軽い捻挫だったこともあった。毎日一緒にいるから分かるんだろうね、小さな違いが。
最近、娘が友達に「ペット飼ってる?」って聞かれて、「マロンは家族だから、ペットじゃない」って答えてたのを聞いた。なんか、そういう感覚なんだろうな。一緒にご飯食べて、一緒に寝て、喧嘩して仲直りして。人間の兄弟とやってることと、そんなに変わらない。
マロンはもう8歳で、人間でいうと50代くらい。娘が大人になる頃には、もういないかもしれない。そのことを娘がどう受け止めるのか、私にも分からない。でも今は、朝起きたらマロンが娘の布団に潜り込んでて、娘が「重いよー」って笑ってる。それだけで十分な気がしてる。
成長って、何か大きなことを成し遂げることじゃなくて。誰かのために水を汲んだり、誰かの機嫌を伺ったり、誰かと静かに並んで座ったり。そういう小さなことの積み重ねなのかもね。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI


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