ペットと走る、長い道のりの話――犬と車で旅をして気づいたこと

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朝の五時半、まだ空が白んでいない時間に出発した。助手席には大きなボストンバッグ、後部座席にはクレートに入ったラブラドール・レトリーバーのムク。彼は旅慣れているようで、エンジンをかけた瞬間に一度だけ「ふんっ」と鼻を鳴らし、あとはもう静かに丸くなっていた。

ペットとの生活は、旅のかたちまで変えてしまう。以前は思い立ったら即出発だったのに、今は前日から準備リストを作る。水、フードの小分けパック、ペットシーツ、常備薬、かかりつけ医の連絡先。それでも毎回何かひとつ忘れる。今回はムクのお気に入りのタオルだった。気づいたのは高速道路に乗った後で、「まあ、いいか」と自分に言い聞かせながら、内心では「絶対グズる」と覚悟していた。

高速道路を二時間ほど走ったところで、最初の休憩をとった。サービスエリアの端に設けられたドッグランで、ムクをクレートから出す。朝の冷気が肌に触れて、思ったより寒かった。芝の上を走り回るムクの足音、草を踏む湿った感触、それから彼が深く息を吸い込んで、何かを嗅ぎ取ろうとしている横顔。ペットと旅をすると、こういう瞬間が増える。目的地に向かうだけでなく、途中にある小さな時間を、ちゃんと使うようになる。

長距離移動で注意することはいくつかある。まず、犬は人間より体温調節が苦手だ。車内の温度は人が「少し涼しいかな」と感じるくらいに保つのが目安で、窓から顔を出させるのは見た目は楽しそうでも実際は危険を伴う。風圧で目や耳を傷めることがある。それから、こまめな水分補給。ムクは興奮すると飲むのを忘れるので、休憩のたびに水を差し出すようにしている。飲まない日もあるけれど、差し出すこと自体が習慣になっている。

子どもの頃、家族で長距離ドライブをするとき、父がよく「車の中では寝るな、もったいない」と言っていた。景色を見ろ、ということだったと思う。でも今、ムクが後部座席で静かに眠っているのを見ていると、それはそれで豊かだと思う。揺れに身を任せて、信頼しているから眠れる。そういうことだ。

昼過ぎに立ち寄った道の駅で、地元の焼きたてパンを買った。「ベルモンド農場」という小さなパン屋が出店していて、くるみとレーズンのカンパーニュが香ばしくて思わず二個買った。ムクは車内で待たせていたのだが、戻ったら窓越しにじっとこちらを見ていて、パンの匂いを嗅ぎつけたのかしきりに鼻をひくひくさせていた。あげないけど、その顔はずるい。

ペットとの長距離移動で一番難しいのは、相手のペースを読むことかもしれない。ムクは普段おとなしいのに、知らない場所でのトイレを嫌がることがある。ドッグランで用を足さず、次の休憩でも出ず、三回目にようやく草むらの隅でこっそり済ませていた。急かしても意味がない。待つしかない。旅は、そういう余白を持って組み立てるものだと、ムクが教えてくれた。

夕方、目的地の宿に着いた。ペット同伴可の宿を探すのは手間がかかるけれど、最近は選択肢が増えてきた。チェックインのとき、フロントの方がムクに向かって「お疲れ様でした」と言ってくれた。ムクはその人の手をちらりと見て、くんくんと匂いを嗅いで、それからゆっくりと尻尾を振った。

部屋に入ると、ムクはすぐにフローリングに寝転んだ。長い一日の終わりに、彼なりの安堵があるのだと思う。窓の外には山の稜線が見えて、空はオレンジから紺へと変わりかけていた。私はその景色を眺めながら、冷めかけたコーヒーを飲んだ。

ペットとの生活は、不便も多い。でも、こういう旅ができる。それだけで十分だと、今は思っている。

組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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