
玄関のドアを開けた瞬間、バタバタと走ってくる音がする。
一人暮らしを始めて3年目の春、ふらっと立ち寄ったペットショップで出会ったんだよね。別に飼うつもりなんてなかったんだけど、ガラス越しにこっちをじっと見てる目があって、気づいたら店員さんに「この子、触らせてもらえますか」って言ってた。そこから2週間くらい悩んで、結局また会いに行って、そのまま連れて帰ることにした。衝動的といえば衝動的だったかもしれない。
会社の最寄り駅に着く頃には、もう頭の中が家のことでいっぱいになってる。今日は機嫌いいかな、ご飯ちゃんと食べたかな、部屋で何か壊してないかな。電車の中でスマホをいじりながらも、実はそんなことばかり考えてる自分がいて、ちょっと笑える。昔は帰り道にコンビニ寄って、適当に雑誌立ち読みして時間潰してたのに。今は一直線。寄り道なんてしない。
ドアを開けると、待ってましたとばかりに駆け寄ってくる。
その瞬間の、なんていうか、空気が変わる感じ。静まり返った部屋に命が戻ってくるような、そんな感覚。「ただいま」って声をかけると、尻尾を振りながら足元をぐるぐる回る。これが毎日の儀式になってる。疲れてても、嫌なことがあった日でも、この瞬間だけは確実に気持ちが軽くなる。不思議なもんだよね、言葉が通じるわけでもないのに。
そういえば先月、取引先との打ち合わせで完全にやらかしたことがあって。資料を丸ごと間違えて持っていっちゃって、上司にめちゃくちゃ怒られた。帰りの電車では、もう会社辞めようかなとか、転職サイト見ようかなとか、そんなことばっかり考えてた。でも家に着いて、いつものようにドアを開けたら、いつもと同じように迎えてくれて。なんか、それだけで「まあ、いいか」って思えたんだよね。
ご飯をあげて、一緒にソファに座る時間が一番好きかもしれない。
テレビをつけて、適当にニュースとかバラエティとか流しながら、隣でくつろいでる姿を眺める。こっちが何もしなくても、ただそこにいてくれるだけで落ち着く。たまに寝言みたいな声を出したり、夢でも見てるのか足をピクピク動かしたりしてて、そういうのを見てるとこっちまで笑顔になる。スマホいじる時間も減った。SNS見てダラダラ過ごすより、こうやってぼーっとしてる方がよっぽど充実してる気がする。
週末の朝は、目覚まし時計より先に起こされることが多い。顔の近くまで来て、じっと見つめられてる。お腹空いたんだろうな、って分かる。仕方なく布団から出て、寝ぼけ眼でご飯の準備をする。まだ外は薄暗くて、カーテンの隙間から差し込む光が床に細く伸びてる。キッチンで餌を皿に入れる音、水を注ぐ音、それを聞きつけて走ってくる足音。この一連の流れが、もう生活の一部になってる。
友達に「ペット飼ってるの?」って聞かれて話すと、たいてい「大変じゃない?」って返ってくる。確かに大変なこともある。旅行に行きづらくなったし、急な飲み会も断ることが増えた。朝早く起きなきゃいけないし、部屋の掃除もこまめにしなきゃいけない。でも不思議と、それが苦痛じゃないんだよね。むしろ、そういう日常のルーティンが心地いい。誰かのために何かをするっていう感覚が、思ってたより悪くなかった。
夜、ベッドに入る前に部屋の電気を消すと、暗闇の中で小さな寝息が聞こえる。
一人暮らしの部屋って、本当に静かなんだよね。冷蔵庫のモーター音とか、外を走る車の音とか、そういうのしか聞こえない。でも今は違う。自分以外の誰かが呼吸してる音がある。それだけで、部屋の空気が温かい気がする。
別に劇的に人生が変わったわけじゃない。相変わらず仕事は忙しいし、給料が上がるわけでもない。ただ、帰る場所に誰かがいるっていうのは、想像してたよりずっと大きなことだった。ドアを開けた瞬間の、あの「おかえり」って言われてる気がする感覚。これがあるから、また明日も頑張れる…のかもね。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI


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