
娘が犬の耳をぎゅっと握りしめた瞬間、僕は息を止めた。
あれは確か春先の、まだ肌寒さが残る4月の午後だったと思う。リビングの窓から差し込む光が床に斜めの線を作っていて、その中で生後8ヶ月の娘とゴールデンレトリバーのマロンが転がっていた。娘はまだハイハイもおぼつかない時期で、とにかく目の前にあるものすべてを掴もうとする。その日の標的がマロンの垂れ下がった耳だった。
僕は慌てて止めようとしたんだけど、マロンの反応の方が早かった。ゆっくりと顔を娘の方に向けて、ぺろりと頬を舐めたんだよね。娘は驚いたような顔をして、それから声を上げて笑った。マロンの尻尾が床を叩く音。娘の笑い声。春の風が運んでくる土の匂い。その瞬間のことを、今でも鮮明に覚えている。
ペットショップで「ミルキーウェイ」っていう名前のウサギを見たときのことも思い出す。娘が3歳になったばかりの頃だ。
あのときは正直、犬だけで手一杯だったから「見るだけね」って念を押して店に入ったんだけど。娘は小さなガラスケースの前にしゃがみ込んで、じっと白いウサギを見つめていた。「おみみ、ながいね」って小さな声で言って。僕は結局そのウサギは連れて帰らなかったんだけど、あの日から娘は図鑑で動物のページばかり開くようになった。耳の長さを指で測ろうとしたり、「このこはなにたべるの?」って聞いてきたり。
子供って、生き物を通して世界を理解していくんだなって気づいたのは、娘が幼稚園に上がってからかもしれない。マロンの散歩に一緒に行くようになって、娘は他の犬を見るたびに「あのこ、おともだちになりたいのかな」とか「つかれてるみたい」とか言うようになった。僕には全然わからない。犬の気持ちなんて、正直今でもよくわからない。でも娘は何かを感じ取っているみたいだった。
5歳の誕生日の朝、娘は自分でマロンのご飯をあげたいと言い出した。僕が測った量のドッグフードを、小さな手で慎重にボウルに移す。こぼれたフードを一粒ずつ拾い集める姿を見ながら、ああ、この子は責任ってものを学んでるんだなと思った。別に僕が教えたわけじゃない。マロンが教えたんだよね、きっと。
真夏の夕方、娘が泣きながら帰ってきたことがあった。幼稚園で何かあったらしいけど、何を聞いても答えてくれなくて。僕はどうしたらいいかわからなくて、とりあえずリビングに座らせてお茶を入れた。そうしたらマロンが娘の膝に顎を乗せて、じっと顔を見上げていた。娘はマロンの頭を撫でながら、ぽつりぽつりと話し始めた。友達に意地悪を言われたこと。悔しかったこと。僕は黙って聞いていた。マロンも黙って寄り添っていた。
言葉にならない感情を、ペットは受け止めてくれる。
小学校に入ってから、娘は「獣医さんになりたい」と言うようになった。きっかけはマロンが足を痛めて病院に連れて行ったときだ。獣医さんが優しくマロンを診察する様子を、娘は食い入るように見ていた。「いたいの、なおしてあげられるんだね」って。それから図書館で動物の病気の本を借りてきたり、僕に「どうしてマロンはしっぽふるの?」とか「ねこはなんでみずきらいなの?」とか質問攻めにするようになった。正直、答えられないことの方が多かったけど。
娘が8歳のとき、近所の野良猫が子猫を産んだ。娘は毎日その場所に通って、遠くから見守っていた。「さわりたいけど、おかあさんねこがこわがるから」って。触れたい気持ちを抑えて、相手の立場で考える。そういう優しさって、どこで身につけたんだろう。僕は教えてないし、妻も特別なことは言ってない。
マロンが老いていくのと、娘が大きくなっていくのは、同時進行だった。マロンの歩く速度が遅くなって、娘の方が歩幅を合わせるようになった。散歩の途中で何度も立ち止まって、マロンが息を整えるのを待つ。「だいじょうぶ?」って声をかけながら。10歳の娘の横顔は、もう幼児のそれじゃなかった。
今、娘は12歳になった。マロンは相変わらずリビングの定位置で昼寝をしている。娘は学校から帰ると、まずマロンに「ただいま」を言う。それから宿題をして、夕方になると散歩に連れ出す。当たり前の日常。でもこの当たり前が、娘を育ててきたんだと思う。
ペットと暮らすって、結局のところ何なんだろうね。僕にもまだよくわからない。ただ、娘の成長を見ていると、大切なものは言葉じゃなくて時間なのかもしれないって思う。一緒に過ごした時間、寄り添った時間、待った時間。そういう積み重ねが、人を作っていくのかもしれない…けど、まあ、正解なんてないよね、こういうのって。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI


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