
ドアを開けた瞬間、バタバタと走ってくる音がする。
一人暮らしを始めて3年目の冬、私は猫を飼い始めた。名前はムギ。茶トラの雑種で、保護猫カフェ「ねこのおうち」で一目惚れした子だ。最初の一週間は押し入れから出てこなくて、これ懐かないパターンかなって本気で心配したんだけど、今ではすっかり甘えん坊になってくれた。
会社で嫌なことがあった日ほど、帰りの電車の中でムギのことを考えてる自分がいる。今日も部長に理不尽なこと言われたなとか、あの企画書もう一回作り直しかよとか、そういうモヤモヤを抱えながら最寄り駅に着く。コンビニで缶チューハイを買って、アパートの階段を上がる。鍵を差し込む前から、もう中で待ってるのが分かるんだよね。気配っていうのかな。
玄関開けると必ず、ムギは廊下の真ん中で座って待ってる。しっぽをゆっくり左右に振りながら、「おそかったね」みたいな顔でこっちを見てる。その表情がたまらなくて、靴も脱がないうちにしゃがみ込んで頭を撫でちゃう。ムギは喉をゴロゴロ鳴らして、私の手に頬をすりすりしてくる。この瞬間のために今日一日頑張ったんだなって、毎回思う。大げさかもしれないけど、本当にそう思ってる。
ペットがいない頃の帰宅って、本当に虚しかったんだよね。
電気つけて、エアコンつけて、とりあえずスマホ見て、適当にご飯作って食べて寝る。そんな繰り返しだった。別に不幸ってわけじゃないんだけど、なんていうか、生活に抑揚がなかった。誰かが待っててくれるって感覚がないから、残業してもしなくても同じというか。むしろ会社にいる方が人と話せる分マシみたいな、そんな時期もあった。
ムギが来てから、生活のリズムが変わった。朝はごはんをあげなきゃいけないから、目覚ましより早く起きるようになった。夜も、あんまり遅くなると心配だから、できるだけ定時で帰るようにしてる。飲み会も前ほど参加しなくなった。「猫がいるんで」って断ると、意外とみんな納得してくれる。ペット飼ってる人の特権かもしれない。
週末の夕方、西日が差し込むリビングでムギと一緒にゴロゴロしてる時間が最高に好きだ。私がソファに寝転がると、ムギは必ずお腹の上に乗ってくる。重さは4キロちょっと。ちょうどいい重しになって、動けなくなる。スマホでネットサーフィンしながら、片手でムギの背中を撫でてる。ムギの体温が伝わってきて、規則正しい呼吸が感じられて、なんだか自分も生きてるんだなって実感する。
この前、大学時代の友達と久しぶりに会ったんだけど、その子も最近犬を飼い始めたらしい。で、話が盛り上がっちゃって。「分かる分かる!」って共感しまくった。帰宅が楽しみになる感覚とか、写真フォルダがペットだらけになる現象とか、全部一緒だった。
ペットとの生活って、正直めんどくさいこともある。トイレ掃除は毎日しなきゃいけないし、抜け毛もすごい。夏場は部屋のエアコンつけっぱなしだから電気代も跳ね上がる。旅行も気軽に行けなくなった。でもそういうの全部ひっくるめて、やっぱり飼ってよかったって思う。
仕事で疲れて帰ってきた夜、ムギが膝の上で寝息を立ててる。テレビの音量を下げて、できるだけ動かないようにする。足が痺れてきても、起こすのが可哀想で我慢する。そんな時間が、一日の中で一番穏やかな時間になってる。
明日もまた会社行って、嫌なことあるかもしれない。でも帰ったらムギが待っててくれる。それだけで、なんとかやっていけそうな気がしてる。
ペットに救われてるのか、ペットを飼うことで自分を保ってるのか、もうよく分からないけど…まあ、どっちでもいいか。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI


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