
うちにハムスターが来てから、リビングがやたら賑やかになった。
家族全員が集まるのは夕飯の時くらいだったのに、今は誰かしらがケージの前でしゃがみ込んでる。「ちょっと見て、ひまわりの種隠してる」「また回し車乗ってる」とか、どうでもいい実況中継が始まる。父親なんて仕事から帰ってきて、手も洗わずに真っ先にケージを覗き込むようになった。スーツ姿でしゃがんでる背中が妙に丸くて、なんだか笑える。
ペットの食事について家族会議が開かれるとは思わなかった。母が「キャベツあげすぎじゃない?」と言い出して、妹が「でもネットにはキャベツOKって書いてあった」と反論する。父はスマホで「ハムスター 野菜 適量」とか検索してる。私? 私はペレットの袋を持ちながら、この光景を眺めてた。結局、野菜は週に2回、ペレットは毎日小さじ1杯ということで落ち着いたんだけど、その決定までに30分かかった。たかがハムスター一匹の食事で、である。
体調管理に関しては母が一番うるさい。「最近あんまり動いてない気がする」「水飲んでる?」「うんちの色が昨日と違う」って、もはや新生児を育ててる人みたいなテンション。朝6時に起きてケージの掃除をして、糞の数まで数えてる。以前は朝ギリギリまで寝てた人なのに。
思えば、ペットショップで「これください」って言った瞬間から、家族の力学が変わった気がする。
選んだのは妹だったけど、飼育セットを買い揃えたのは父で、ケージの置き場所を決めたのは母で、名前を考えたのは私だった。「モカ」って名前、今思うとありきたりすぎて恥ずかしいんだけど、当時は本気で考えた。候補には「マロン」とか「きなこ」とかもあったから、まあモカでよかったのかもしれない…。
週末の午前中、家族全員がリビングにいることが増えた。別にテレビを見てるわけでもない。ただモカが巣箱から出てくるのを待ってる。出てきたら「あ、起きた」って誰かが言って、それだけで会話が始まる。「今日は機嫌よさそう」「毛並みがいい感じ」「ちょっと太った?」とか。こんなにゆるい空気、いつぶりだろう。
前に一度、モカの様子がおかしくて動物病院に連れて行ったことがある。深夜2時くらいに妹が「なんか変」って言い出して、家族全員がパジャマ姿でリビングに集合した。結局ただの食べ過ぎだったんだけど、あの時の緊張感は今でも覚えてる。父が車を出して、母が病院を検索して、私がモカの入ったキャリーケースを抱えて。妹は泣きそうな顔してた。
食事の時間も変わった。以前は各自が好きなタイミングで食べてたのに、今は「モカにも野菜あげなきゃ」って理由で、なんとなく揃うようになった。母が作った料理から、モカが食べられる野菜を少し取り分ける。きゅうりの端っことか、にんじんの皮に近い部分とか。「これ大丈夫かな」「洗った?」「農薬ついてない?」って、またそこから会話が広がる。
ペット用品を買いに行くのも、今や家族イベントになってる。ホームセンターのペットコーナーで、誰が一番長く滞在できるか競争してるみたいだ。父は給水器の新製品をチェックして、母は床材の種類を比較して、妹はおやつ売り場で悩んでる。私はといえば、回し車のサイレントタイプがどれくらい静かなのか、店員さんに聞いたりしてる。帰りの車で「今日は無駄遣いしなかった」って父が言うけど、レジ袋は毎回パンパンだ。
体調管理といえば、うちには「モカノート」なるものが存在する。妹が作った観察日記みたいなやつで、食べた物、体重、気づいたことなんかが書いてある。最初は妹だけが書いてたのに、いつの間にか家族全員が書き込むようになった。父の字で「本日、回し車5分」とか、母の字で「キャベツ少々、完食」とか。私も「毛づくろい多め、ストレス?」とか書いた。このノート、将来笑い話になる気がする。
ペットがいる生活って、こういうことなんだと思う。
特別なことは何もない。ただ、誰かが「ちょっと来て」って呼んで、みんなが集まって、小さな生き物を一緒に見てる。それだけで、なんとなく家の中が温かい。モカが何をしてるわけでもないのに、そこにいるだけで会話が生まれる。不思議なもんだよね…。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI


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