ペットが玄関で待ってる生活って、こんなにも帰り道が変わるんだ

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会社の最寄り駅を降りた瞬間、もう頭の中は家のことでいっぱいになる。

今日も残業で遅くなってしまった。夜の9時を回ると、商店街のシャッターが半分くらい閉まっていて、なんとなく寂しい気持ちになるんだけど、最近はそうでもない。家に帰れば、あいつが待ってるから。一人暮らしを始めて3年目、去年の春にペットを飼い始めてから、この「帰る」っていう行為の意味がガラッと変わった気がする。

鍵を開ける前から聞こえてくるんだよね、あの音が。カリカリカリって爪が床を引っ掻く音とか、ドアの向こうで鼻息荒くしてる気配とか。玄関開けた瞬間に飛びついてくるわけじゃないんだけど、廊下の奥からこっちをじっと見てる。「おそいじゃん」って顔してる。その顔を見るだけで、今日あった嫌なこと全部どうでもよくなる…っていうのは言い過ぎかもしれないけど、少なくとも優先順位が変わる。

ペットとの生活って、想像してたのとちょっと違った。もっとこう、癒しとか安らぎとかそういう綺麗な言葉で表現できるものだと思ってたんだけど、実際はもっと泥臭いというか、生活そのものに組み込まれていく感じ。朝は餌をやって、トイレ掃除して、仕事から帰ったらまた餌をやって、遊んであげて。ルーティンが増えるだけって言えばそうなんだけど、そのルーティンが楽しみになってるのが不思議なんだよね。

そういえば前の職場の同僚が「ペット飼うと自由がなくなるよ」って言ってたな。確かに、週末に急に遠出しようとか、飲み会の後そのまま朝まで遊ぼうとか、そういうのは難しくなった。でもそれが不自由かって言われると、そうでもない気がする。むしろ「帰る理由」ができたことで、無駄に外で時間を潰すことがなくなったというか。

帰宅して最初にやるのは、靴を脱ぐより先にペットの様子を確認すること。水は減ってるか、餌は残ってないか、変わった様子はないか。それから自分の着替えをして、ようやく一息つける。リビングの窓を少し開けると、春先の生暖かい風が入ってくる。この時期の夜風って、昼間の太陽の匂いがまだ残ってる感じがして好きなんだよね。

ペットを飼う前は、家に帰っても誰もいない静けさが当たり前だった。冷蔵庫を開けて適当にビールを飲んで、テレビをつけて、スマホをいじって。それはそれで悪くなかったけど、今思うとすごく平坦だったなって思う。今は家の中に「生きてるもの」がいる。それだけで空気が違う。

餌をあげる時間になると、キッチンの方をじっと見つめてくる。あの期待に満ちた目。「ベルフィード」っていうペットフード専門店で買った、ちょっと高めの餌を使ってるんだけど、食いつきが全然違うんだよね。安物を買ってた時は残すこともあったけど、今は毎回完食。その満足そうな顔を見るのが、一日の締めくくりみたいになってる。

一人暮らしの楽しみって、自分の好きなように時間を使えることだと思ってた。誰にも邪魔されず、自分のペースで生きられる。それは今も変わってないんだけど、ペットがいることで「自分のペース」の中に「誰かのペース」が混ざり込んできた。それが意外と心地いい。

夜中の2時くらいに、ふと目が覚めることがある。寝室のドアの隙間から、リビングで動き回る音が聞こえてくる。夜行性の習性が残ってるのか、この時間帯が一番活発なんだよね。最初は気になって眠れなかったけど、今はその音がないと逆に不安になる。

週末の朝、いつもより遅く起きた時の罪悪感。お腹を空かせて待ってたんだろうなって思うと、申し訳ない気持ちになる。でも怒るわけでもなく、ただ静かに待っててくれる。その健気さに、こっちが救われてる気がする。

ペットとの生活は、誰かに話すほど劇的な変化があるわけじゃない。ただ、帰る場所に温度が生まれた。それだけのこと。でもその「それだけ」が、思ってたよりずっと大きかった。

明日も残業かな。まあいいか、帰れば待っててくれるし。

組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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