
うちに犬が来たのは、娘が3歳の春だった。
最初は正直、不安しかなかったんだよね。子供とペットの組み合わせって、想像するだけで大変そうじゃない? 世話は誰がするの、アレルギーは大丈夫なの、噛んだりしたらどうするの。頭の中で反対理由をリストアップしてたら、夫に「考えすぎ」って笑われた。でも実際に暮らし始めてみたら、心配してた私がバカみたいに思えるくらい、自然に溶け込んでいったんだよね、あの子。
娘が最初にやったのは、犬の耳を引っ張ることだった。やめなさいって何度も言ったんだけど、3歳児に理屈は通じない。ゴールデンレトリバーのミックスで、名前はコロ。ありきたりすぎて友達に笑われたけど、娘が決めた名前だから変えられなくて。
朝の光が差し込むリビングで、娘はコロのお腹に顔をうずめて笑ってる。犬の毛って独特の匂いがするでしょう、あの太陽の匂いみたいなやつ。最初は「臭いからやめなさい」って言ってたけど、いつの間にか私もあの匂いが好きになってた。娘の小さな手がコロの背中をぎこちなく撫でる。力加減がわからなくて、時々バシバシ叩いてるみたいになるんだけど、コロは尻尾を振ってじっと耐えてる。
そういえば去年の夏、実家の母が「犬なんて飼って大変でしょう」って電話で言ってきたことがあった。私も独身時代は同じこと思ってたから何も言えなかったけど。
子供って、ペットと一緒にいると表情が変わるんだよね。保育園で嫌なことがあった日も、玄関でコロが待ってると、さっきまでの不機嫌な顔がふっと緩む。言葉で慰めるより、ずっと効果がある。娘は何も言わずにコロを抱きしめて、コロも何も言わずにそこにいる。
夕方の散歩は娘の仕事になった。リードを持ちたがるから、私が横でサポートしながら近所を一周する。娘の歩幅に合わせて、コロもゆっくり歩く。時々立ち止まって、娘が「コロ、お花きれいだね」とか話しかけてる。犬が返事をするわけないのに、娘は真剣に会話してるつもりらしい。
ある雨の日、娘がコロに傘をさしてあげようとして、自分がびしょ濡れになったことがある。私は笑いながらタオルを持って駆け寄った。コロは申し訳なさそうに尻尾を下げてたけど、娘は得意げだった。「コロ、濡れなかったよ!」って。優先順位が完全におかしいんだけど、それを指摘する気にはなれなかった。
食事の時間も変わった。娘は自分が食べる前に、コロのご飯を気にするようになった。「コロ、お腹すいてない?」って。自分のことより先に誰かを思いやる、そういう感覚って、教えようと思って教えられるものじゃないと思う。
近所のペットショップ「わんわんパラダイス」で、店員さんに「お嬢ちゃん、犬のこと好きなんだね」って声をかけられたことがある。娘は恥ずかしそうに頷いて、私の後ろに隠れた。でも家に帰ると、コロに「今日ね、お店の人に褒められたんだよ」って報告してた。
寝る前の儀式もできた。娘はコロに「おやすみ」を言わないと眠れない。コロの寝床まで行って、頭を撫でて、「また明日ね」って。最初の頃は私が促してたけど、今は自分から行く。
冬の寒い夜、娘がコロの毛布を自分の部屋から持ってきて、「コロ、寒いでしょ」ってかけてあげてた。自分が寒がりなくせに。私が「あなたの毛布でしょ」って言ったら、「コロの方が寒いもん」って。そういう瞬間に、ああ、この子は優しい子に育ってるんだなって思う。
ペットと子供の関係って、結局のところ言葉にするのが難しい。教育とか、情操とか、そういう大げさな話じゃなくて。ただそこにいて、一緒に時間を過ごして、お互いを必要としてる。それだけのことなんだけど…それだけのことが、案外大事だったりするのかもね。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

コメント