
うちに犬が来てから、家族のLINEグループが異常に賑やかになった。
以前は母親からの「今日遅くなる」とか父親の「牛乳買ってきて」みたいな事務連絡だけだったのに、今は1日に50件くらい通知が来る。内容の9割が犬の写真。しかもほぼ同じアングル。リビングで寝てるやつとか、ソファの隅で丸まってるやつとか。「かわいい」のスタンプが飛び交って、既読が秒でつく。こんなに家族全員がスマホ見てたっけって思うくらい。
ゴールデンレトリバーとコーギーのミックスみたいな見た目で、名前はハル。近所のペットショップじゃなくて、父親が会社の同僚から譲り受けてきた。「飼えなくなったらしい」って金曜の夜に突然連れて帰ってきて、母親が玄関で固まってたのを覚えてる。「聞いてない」って言いながらも、30分後にはもう犬用のベッドをネットで注文してたけど。
最初の1週間は大変だった。トイレの場所を覚えないし、夜中に遠吠えするし、スリッパを噛みちぎられるし。でも不思議なことに、誰も文句を言わなかった。普段なら「誰が片付けるの」とか「責任持ってよ」とか言い合いになるはずなのに。朝6時に散歩当番でもめることもなく、気づいたら父親が早起きして公園まで走ってた。定年前の人間とは思えない軽快さで。
ハルが来る前、うちの夕食は静かだった。テレビがついてて、各自がスマホ見てて、「ごちそうさま」のタイミングもバラバラ。典型的な現代の家族って感じ。それが今は、ハルがテーブルの下をうろうろしてるから自然と会話が生まれる。「今日散歩で誰々さんに会った」とか「ドッグフード変えたほうがいいかな」とか「この前吠えられた郵便配達の人、また来るかな」とか。
そういえば去年の夏、家族で沖縄に行ったときのことを思い出した。きれいな海を見ても、おいしいもの食べても、なんか会話が続かなくて。写真だけ撮って、あとは各自スマホいじってた気がする。旅行から帰ってきて母親が「楽しかったね」って言ったけど、誰も返事しなかった。あれ、今思うとけっこう悲しい光景だったな。
ペットがいると、家の中に「共通の話題」ができる。これが意外と大きい。人間同士だと、仕事の話は理解されないし、学校の話も「ふーん」で終わるし、趣味の話なんてもっと通じない。でもハルの話なら全員が当事者。朝のうんちの状態から、散歩中に会った柴犬の話まで、なぜか盛り上がる。
休日の過ごし方も変わった。以前は父親はゴルフ、母親は友達とランチ、私は部屋でNetflix、弟はゲーム。完全に別行動。今は午前中に家族全員でドッグランに行く。「ハルの運動不足解消」が名目だけど、実際は人間のほうが楽しんでる。他の犬と遊んでるハルを眺めながら、缶コーヒー飲んで、どうでもいい話をする時間。
弟が最近、ハル用のInstagramアカウント作った。フォロワー200人くらいいるらしい。投稿するたびに家族で「いいね」押し合ってて、なんか微笑ましいというか、平和というか。「この角度のほうがかわいく撮れる」とか真剣に議論してる。そんなに写真にこだわるタイプじゃなかったのに。
ペットショップの店員さんが言ってた。「犬は家族の潤滑油になる」って。最初は営業トークかと思ったけど、本当にそうかもしれない。ハルが体調悪そうにしてたとき、家族全員が心配して、夜中まで交代で様子を見てた。結局ただの食べ過ぎだったんだけど、あの時の一体感は妙に記憶に残ってる。
散歩中に近所の人と話す機会も増えた。今まで挨拶程度だった人たちと、犬の話題で5分も10分も立ち話する。「お宅のワンちゃん、大きくなりましたね」とか言われると、なんか誇らしい気持ちになる。親戚の子どもが褒められたときの感覚に似てる。
ハルが来てもうすぐ1年。家族の空気が柔らかくなった気がする。劇的に何かが変わったわけじゃないけど、なんとなく、居心地がいい。リビングに人が集まる時間が長くなったし、笑い声も増えた。
完璧な家族になったわけじゃない。相変わらず些細なことでイラッとするし、ハルのせいで余計な出費も増えた。でも、まあ、悪くない。そんな感じ。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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