
朝五時半。空がまだ薄紫色のまま眠っているような時間に、わたしたちは出発した。助手席には麦茶のボトルと地図アプリを開いたスマートフォン。後部座席には、うちのビーグル犬「むぎ」が入ったクレートが、シートベルトでしっかりと固定されている。エンジンをかけた瞬間、むぎがくんくんと小さく鼻を鳴らした。その音だけが、静かな住宅街に溶けていった。
2026年、ペット同伴旅行の予約は前年比260%増という驚くべき数字を記録している。
ペットとの生活が「家の中だけ」から「旅先まで」広がっていくのは、もはや特別なことではなくなった。
愛犬を家族の一員と捉える価値観の広がりが、こうした旅のスタイルを後押ししている。
わたしがむぎと初めて長距離移動に挑戦したのは、三年前の秋のことだ。そのときは準備不足で、高速道路のサービスエリアでむぎが震えていた。あの反省が、今日の旅を丁寧にさせている。
長距離移動で最初に注意することは、出発前のルーティンだ。
車に乗せる前には必ずトイレを済ませておくこと。特に外でしか排泄できない犬にとって、長距離移動はかなりの負担になる。
それから食事のタイミングも重要で、
車酔いを防ぐため、出発する二、三時間前には食事を済ませておくのが基本だ。
むぎは朝ごはんを四時に食べ終え、今はクレートの中で丸くなっている。鼻先だけがわずかに動いていて、窓の外の匂いを嗅ごうとしているのがわかった。
走り始めて一時間半ほどで、最初の休憩を取った。
長時間移動では一〜二時間に一度の休憩を挟み、排泄と水分補給の時間を確保することが大切だ。
立ち寄ったのは、架空のSAではなく実在する「みなかみ高原パーキング」……ではなく、今回の旅で初めて使った「ソラノテラスPA」という小さな休憩所だった。ドッグランこそないけれど、芝生のスペースがあって、むぎは地面の匂いを嗅ぎながらぐるぐると歩き回った。八月の朝の草は、まだ少し湿っていた。足の裏に触れる冷たさが気持ちよさそうで、わたしもサンダルを脱いで芝の上に立ってみた。
車内の温度管理も、ペットとの生活において見落としがちな注意することのひとつだ。
犬の適温の目安は21〜25℃。クレートやキャリーの中は熱がこもりやすいので、愛犬の様子をこまめに確認し、車内の温度や空気の流れを調節することが必要だ。
走行中は適度に窓を開けて換気すること、エアコンは24〜26℃前後を目安に設定することが一般的な対策とされている。
わたしはこの日、温度計をダッシュボードに置いていた。小さなデジタル表示が「23℃」を示していると、なんとなく安心する。数字に頼りたくなるのは、心配性の証拠かもしれない。
ちなみに今回、出発前にむぎ用の新しいクレートカバーを買った。ペット用品ブランド「ノルテ・ドッグス」の遮光タイプで、内側がグレーのリネン素材になっている。むぎはそれを気に入ったのか、カバーをかけた瞬間にくるりと向きを変え、そのまま丸まって目を閉じた。……が、五分後にはまた起きて、クレートの扉をちょんちょんと前足で叩いていた。出てきたいのか、遊びたいのか。どちらでもない気もした。たぶん、ただ確認したかっただけだ。
ドライブボックスやクレートを使い、ワンちゃんを固定することで、休憩所などでの飛び出しによる事故を防ぐこともできる。
安全のための固定は、むぎへの配慮でもあるし、わたし自身の安心でもある。
走行中にワンちゃんの顔を窓から出すような危険行為は絶対にしてはいけない。
それは知っていても、むぎが窓の方を見つめるたびに、少しだけ開けてあげたくなる気持ちが湧く。その気持ちを抑えるのも、ペットとの生活を続けるうえで必要な自制だと思っている。
目的地まで、あと二時間。山の稜線が青く、空は高くなってきた。むぎはまたうとうとしている。後ろを振り返ると、クレートの格子越しに小さな鼻先が見えた。規則正しい寝息が、エンジン音にまじって聞こえてくる。ペットとの生活は、こういう何気ない瞬間に、じわりと豊かになる。長距離移動の疲れも、その寝息ひとつで、すこし軽くなる気がした。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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