ペットがいるから、家族はもっと仲良しになれる。

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夏の朝は、いつもムギの声で始まる。

まだカーテンの隙間から白っぽい光が差し込む時間帯、ゴールデンレトリバーのムギは決まってリビングの床に寝そべり、大きなため息をひとつついてから家族全員を起こしにかかる。そのため息が、妙に人間くさくて笑える。小学三年生の娘・ひなたは「ムギがあくびした」と言い張るのだが、あれはどう聞いてもため息だ。

ペットとの生活を始めて三年が経つ。最初は夫も「大変じゃないか」と渋い顔をしていたのに、今では誰よりも早起きしてムギの散歩に出かけている。早朝五時半、まだ蝉の声も遠慮がちな時間に、二人分の足音が玄関から遠ざかっていく。その音を布団の中で聞きながら、なんとなく胸があたたかくなる。

ムギが来てから、家族の会話が増えた。正確には、会話の「質」が変わった。以前は夕食の席でスマートフォンを手放せなかった夫が、今はムギの今日の様子を報告し合うことに熱心だ。「今日、近所の柴犬に吠えられて固まってた」「また郵便受けのにおいを嗅いで動かなくなった」。そんな他愛ない話が、食卓をずいぶん明るくしてくれる。

思い返せば、子どもの頃にも実家で猫を飼っていた。茶トラの「きなこ」という猫で、いつも祖母の膝の上にいた。祖母が台所に立つとついていき、祖母が昼寝をすると一緒に丸くなっていた。あの頃の家の空気——畳の香りと、きなこの体温と、縁側に差し込む西日——が、今のムギのいる暮らしに重なることがある。ペットがいる家には、どこか共通した「やわらかさ」があるのかもしれない。

ひなたはムギのブラッシングが大好きで、毎週土曜日の午後を「ムギタイム」と呼んでいる。リビングに「モコモコ工房」というブランドのグルーミングシートを広げ、ムギをその上に座らせてから、小さな手で丁寧にブラシをかけていく。ムギはされるがままに目を細め、うとうとしながら時おり頭をひなたの膝に預ける。その重さをひなたは誇らしそうに受け止めている。

先日、そのブラッシング中に少し笑えることがあった。ひなたが「ムギ、じっとして」と言い聞かせながら耳の後ろをブラシでとかしていたとき、ムギが突然くしゃみをして、ブラシが宙を飛んだ。着地先は夫のコーヒーカップのすぐ横。夫は「あ、危な」と言いながらも口元が笑っていた。誰も怒らない。ムギも何事もなかったようにまた目を閉じた。そういう瞬間が、この家には多い。

ペットとの生活は、いつも予定通りにはいかない。散歩の途中で急に動かなくなったり、大事な書類の上で堂々と昼寝をしていたり。でもそのたびに家族の誰かが笑い、誰かが困り顔をして、また誰かがフォローする。その小さなやりとりの積み重ねが、家族を仲良しにしていく。

夏の夕方、窓の外に入道雲が立ち上がるころ、ムギはまたリビングの床に戻ってくる。冷たいフローリングに腹をぴたりとつけて、幸せそうに目を閉じている。その背中に、ひなたがそっと手を置く。ムギの体温は、夏でもあたたかい。

家族全員が、この温もりに少しずつ支えられている。言葉にするとちょっと照れくさいけれど、それが正直なところだ。ムギがいるから、この家はいつより少しだけ、仲良しでいられる気がする。

組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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