
梅雨の終わりかけた夕方、空がまだ少しだけ白く滲んでいる時間帯に、わたしはいつも同じ道を歩いて帰る。駅から徒歩八分。アスファルトが雨上がりの湿気を帯びていて、サンダルの裏がわずかに滑る。バッグの中には読みかけの文庫本と、コンビニで買った豆腐。それだけの荷物。
鍵を取り出す前から、もう気配がする。
ドア越しに、かすかな爪の音。ぱたぱたぱた、という小さなリズム。それだけで、肩の力がすっと抜けていく。
夕方になると、犬がふっと顔を上げることがある。さっきまで丸くなって眠っていたのに、耳だけがぴんと動き、まるで空気の変化を感じ取るかのようにあなたの”気配”を読み取る。
うちのトイプードル、麦(むぎ)も、まさにそうだった。ペットカメラで確認すると、帰宅の十五分前にはもう玄関方向をじっと見つめていたらしい。わたしが職場の駐車場でカバンを肩にかけた瞬間から、すでに待っていたのかもしれない。
一人暮らしを始めたのは、三年前の春だった。
最初の数ヶ月は、帰宅するたびに部屋が静かすぎた。冷蔵庫の低いうなりだけが聞こえる、あの独特の静けさ。子どもの頃は実家に帰れば必ず誰かがいて、台所から出汁の香りがして、テレビの音がして、それが当たり前だった。一人暮らしの部屋には、そのどれもがなかった。
麦を迎えたのは、そんな冬の終わりだった。
愛らしい仕草やペットとの暮らしを通して、一人暮らしの寂しさが紛れたり、メリハリのある生活を送れるようになったりした人も少なくない。
まさにその通りだと思う。麦が来てから、朝が変わった。起きると小さな温かい体がそこにあって、わたしの足元でくるくると回っている。その体温が、眠気よりも先に現実を連れてくる。
ペットを飼うと、自然と規則正しい生活が身につく。犬は朝晩の散歩が必要なため、早起きが習慣になり、夜更かしも控えるようになる。
麦との生活がまさにそれで、以前は休日に昼まで寝ていたわたしが、今では七時には公園を歩いている。近所の「ヒノキ緑道」という細い遊歩道を、毎朝二十分ほど。朝露が草に残っていて、麦が鼻をつけるたびにふんふんと息を吸う音がする。その音が、なんとも好きだ。
仕事中も、ふとしたときに考える。今ごろ何してるかな、と。
帰りの時間が遅くなり、夜になってくると暗い部屋の中で飼い主さんの帰りを待つ愛犬は寂しさをつのらせている。飼い主さんの帰宅は犬にとっては待ちに待った瞬間であり、寂しい時間の終わりを意味する。
そう知っているから、残業が続く日は少し胸が痛い。でも同時に、「早く帰ろう」という気持ちがちゃんと生まれる。麦がいなかったころ、帰宅を急ぐ理由がなかったことを思うと、これは小さくない変化だと思う。
玄関を開けると、今日も麦は飛びついてきた。
両前足をわたしのふくらはぎにかけて、体全体でぶるぶると震えている。尻尾はもはや見えないほどの速さで動いていて、ときどき自分の尻尾を追いかけてぐるぐると回る。そのままの勢いで床に転がり、お腹を見せた。あれだけ待っていたくせに、着地が少し雑すぎる。思わず笑ってしまった。
(心の中でそっとツッコんだ。「そのダイブ、計算外だったよね?」と。)
床に座って麦の腹を撫でると、短い毛がやわらかく手のひらに触れる。温かい。部屋にはうっすらとペットフードの香りと、麦自身の匂いが混ざっていて、それがもう完全に「ただいまの匂い」になっている。
ペットの成長を見守ったり、一緒に遊んだりすることで、日々の暮らしに楽しみが増える。写真や動画を撮影したり、ペット用品を選んだりすることも楽しみの一つ。ペットとの生活は、一人暮らしをより充実したものにしてくれる。
ペットとの生活は、劇的なものではないかもしれない。特別な出来事があるわけでも、毎日何かが起こるわけでもない。ただ、帰れば誰かがいる。それだけで、一日の終わりの輪郭がずいぶん変わる。
最近はインテリアにも少しこだわるようになった。麦が昼寝をするために、「モスグリーンのペットクッション」をネットで注文した。ブランド名は「ノルディッシュ・ウーフ」という北欧風の雑貨屋で、届いた箱を開けた瞬間から麦がそこに乗り込んで離れなかった。まるで最初からそこが自分の場所だったかのように、丸くなって目を閉じた。
一人暮らしの楽しみは、自分でつくるしかない。でも、ペットがいると、楽しみのほうから寄ってきてくれる気がする。
今夜も麦は、わたしの足元で眠っている。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI


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