会社帰りに待っていてくれる存在——ペットとの生活が、一人暮らしを変えた話

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夏の夕方、18時を少し過ぎた頃の空はまだ白く滲んでいる。アスファルトに残った熱がサンダルの底をじんわりと押し返してくるような、あの独特の時間帯。駅から自宅まで歩いて七分。その七分が、以前はひどく長く感じた。

一人暮らしを始めて三年目の春、わたしは猫を迎えた。名前はムギ。麦色の縞模様を持つ雑種で、保護施設「ノア・アニマルホーム」のケージの中で、ほかの猫たちが鳴き続けるなか、ひとりだけ静かに丸まっていた。その落ち着きぶりに、なぜか親近感を覚えた。

「ただいま」と言っても、返ってくるのは静かな暗い部屋だけ——そんな夜が、ムギを迎える前は続いていた。
鍵を差し込む音、ドアが開く瞬間、玄関に広がる無音。それが当たり前だと思っていた。

ところが今は違う。

ドアを開けると、廊下の奥からぱたぱたという軽い足音が聞こえてくる。続いて、ムギの細い鳴き声。「みゃ」でも「にゃあ」でもなく、もう少し語尾が上がる、あの独特の音。靴を脱ぐ間もなく足元にすり寄ってきて、スーツのすそに額をこすりつける。職場でどれだけ疲れていても、その瞬間だけは肩の力が抜ける。正確には、抜けざるを得ない。

仕事から帰宅した際にペットが迎えてくれることを楽しみにしている方も多く、日々のストレス軽減につながる
——そういう話は知識として知っていたけれど、実際に体験してみると、「軽減」という言葉では少し足りない気がする。もっと直接的な何かだ。

ペットとの生活は、時間の感覚を変える。

以前は帰宅後、とりあえずスマートフォンを開いて、意味のないまま一時間が過ぎることがよくあった。でも今は、ムギのごはんを用意して、水を換えて、少し遊んでやる。その一連の流れが、夜の始まりをはっきりさせてくれる。
決まった時間にお世話をする習慣が身につくため、生活リズムが整いやすくなる
とはよく言われることだが、それ以上に、「誰かのために動く」という感覚が、一人暮らしの部屋に小さな責任感を生んでいる。

ただ、ペットとの生活が常に穏やかかというと、そうでもない。

先月、出勤前にムギのごはんを皿に盛り、テーブルに置いたまま家を出た。帰宅すると、皿はきれいに空になっていた。問題ない、と思ったのも束の間——ソファのクッションの上に、食べ過ぎたと思われる形跡が残されていた。思わず「ムギ……」と名前を呼んだら、本人は涼しい顔でひなたぼっこをしていた。心の中で「反省してくれ」とつぶやいたが、丸まった背中があまりにも平和そうで、怒る気が失せてしまった。

ペットとの生活は癒やしや楽しみを与えてくれる一方で、気を付けたいポイントもある
。それは確かだ。でも、こういう小さな出来事のひとつひとつが、一人暮らしの部屋に「出来事」を生んでいる。何もなかった夜が、「今日ムギがやらかした」という夜に変わる。それだけで、日常の密度が変わる気がする。

夜、照明を落として、アイスハーブティー「フロストレモン」をグラスに注ぐ。窓の外には夏の夜風が動いていて、カーテンの端がかすかに揺れる。ムギはいつの間にかわたしの膝の上に乗っていて、温かく、少し重い。その重さが心地よい。毛並みに触れると、指先に柔らかな感触が広がって、自然と呼吸が深くなる。

子どもの頃、実家では柴犬を飼っていた。名前はコロ。ありきたりな名前だったけれど、本人(本犬)はそれをまったく気にしていない様子だった。学校から帰ると玄関先で待っていて、ランドセルを下ろす間もなく飛びついてきた。あの感覚と、今のムギの出迎えは、形は違うけれど、根っこのところで同じ温度を持っている。

一人暮らし。可愛いペットと一緒なら、毎日がもっと楽しくなる
——そのフレーズは少し軽く聞こえるかもしれないけれど、実際に暮らしてみると、「楽しみ」という言葉の意味が変わってくる。明日の仕事が憂鬱でも、帰ればムギがいる。それだけで、朝、玄関を出る足取りが少しだけ軽い。

ペットとの生活は、劇的な何かをもたらすわけではない。でも、帰る場所に「待っている誰か」がいるということは、一人暮らしの日常をひそかに、確実に、変えていく。

組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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