**会社帰りに待っていてくれるペットがいる。それだけで、一人暮らしは変わった。**

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夏の夕方、午後七時を少し過ぎた頃のことだ。駅の改札を出ると、アスファルトに蓄えられた熱がまだじわりと足元から上がってきて、シャツの背中に汗がにじんでいた。会議が長引いた日は特に、帰り道の信号待ちがやたら長く感じる。でも最近、その信号待ちの時間に、ふと口角が上がっていることに気づいた。

「もうすぐ帰るよ」と、心の中で話しかけながら。

ペットの存在によって「守るべき相手」がいる責任感が生まれ、生活リズムが整いやすくなる
という話を読んだことがある。最初はそんなもんかと思っていた。でも実際に一人暮らしを始めて、猫のムギを迎えてからは、あの言葉の意味が身体でわかるようになった。

玄関のドアを開ける瞬間が、一日の中でいちばん好きな瞬間かもしれない。鍵を回す音がしたとたん、廊下の奥でちいさな足音がぱたぱたと近づいてくる。ドアを開けると、ムギはいつも玄関マットのど真ん中に鎮座していて、「お帰り」とも「なんで遅いんだ」ともとれる顔でこちらを見上げている。そのなんとも言えない表情が、妙にツボなのだ。

しゃがんで手を伸ばすと、冷たい鼻先が指に触れる。夏の室内でも、猫の鼻先だけはひんやりしている。その小さな体温と湿り気が、何時間分かの疲れをすっと溶かしていく気がした。

身体が疲れたときや気持ちが沈んだときにペットと一緒に過ごすことで、心の充足感を得られる
。その言葉は、医療的な文脈で語られることが多いけれど、私にとってはもっと素朴な話だ。ただ、隣に誰かがいる。それだけのことが、こんなにも違う。

思えば、子どもの頃に実家で飼っていた犬のことをよく思い出す。学校から帰ると玄関先で尻尾を振っていたあの感覚。あれが「帰る場所」というものの原型になっているのかもしれない。一人暮らしを始めたとき、その感覚がすっぽり抜け落ちて、部屋に帰ることが少し億劫になっていた。

ムギを迎えたのは、そんな時期だった。

愛らしい仕草やペットとの暮らしを通して、一人暮らしの寂しさが紛れたり、メリハリのある生活を送れるようになったりした人も少なくない
。私もそのひとりだ。朝、決まった時間にムギにごはんをあげるようになってから、自分の朝食も作るようになった。夜、ムギがソファで丸くなる頃、自然と自分もスマホを置くようになった。

ペットとの生活は、意外なほど静かに、日常の輪郭を整えていく。

インテリアにも少し気を遣うようになった。以前は雑然としていた部屋に、「ノルディカホーム」というブランドのウッドシェルフを置いて、ムギのおもちゃや爪とぎをまとめた。部屋が片付くと、なんとなく自分も落ち着く。ペットのためにと思って始めたことが、いつの間にか自分のための習慣になっていた。

帰宅すると駆け寄って来たり、おもちゃを使って一緒に遊んだりできるペットは、一人暮らしの方にとって何よりの癒し
だと、どこかのサイトに書いてあった。確かにそうなのだが、私が一番好きなのは、もっと地味な瞬間だ。夜、仕事の資料を広げているとき、ムギがそっとノートパソコンの上に乗ってきて、画面が半分見えなくなる。「ちょっと待って」と言いながら、でも結局そのままにしてしまう、あの感じ。(これで仕事が一向に終わらない、という現実からは目を背けることにしている。)

ペットを飼うことで、コミュニケーションが増えたり健康的な生活ができたりと、暮らしにいい変化をもたらしている
ことは、データとしても出ている。でも数字よりも、今日の夕暮れの感触のほうが、私にはずっとリアルだ。

会社から帰る道が、楽しみになった。それだけで、一人暮らしはずいぶん違うものになる。ムギがいる部屋は、ただの「帰る場所」ではなく、「帰りたい場所」になっていた。

組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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