
鍵を差し込む瞬間が、一日でいちばん好きな時間になった。
残業で少し遅くなった秋の夜、駅から歩いて十分ほどのアパートの廊下に差しかかると、靴底に砂利が当たる小さな音がする。外灯がオレンジ色に滲んで、空気はもう確かに涼しい。九月の終わりというのは、こういう空気の色をしている。ドアノブに手をかけるたびに、胸の奥がほんの少しだけ浮き立つようになったのは、ここ一年ほどのことだ。
帰ってくるといつもお出迎えしてくれるので、ひとりじゃないと実感できる
——そう話す人の言葉を、以前はどこか他人事のように聞いていた。でも今は、その感覚が手のひらの温度として分かる。
ドアを開けると、三毛猫のコムギが玄関の三和土ぎりぎりのところで待っている。正確には「待っている」というより、「たまたまそこにいる」という顔をしているのだが、毎日同じ場所にいる事実は揺るがない。鼻先でにおいを確かめるように、ひとつだけ短く鳴く。それだけで、肩に積み重なっていたものが少しほぐれる。
一人暮らしでペットと暮らす最大のメリットは、強い孤独感やストレスの軽減
だと言われる。頭では知っていた。でも実際に体験してみると、それは「軽減」などという穏やかな言葉では追いつかないくらい、日常の質そのものが変わる感覚だった。
コムギを迎えたのは去年の秋口。
猫はマイペースなところが魅力だが、しつこくかまわなければ自然と距離を縮めてくれるという愛嬌のある一面もある
と読んだ記事の通り、最初の二週間はほぼ押し入れの中にいた。出てきたと思ったら私の靴下の片方だけを器用に運んでいて、翌朝になってもう片方が見当たらず、出勤前に十分近く探し回ったことがある。結局、冷蔵庫の横の隙間から出てきた。あれは本当に参った(コムギは涼しい顔をしていた)。
愛らしい仕草やペットとの暮らしを通して、一人暮らしの寂しさが紛れたり、メリハリのある生活を送れるようになったりした人も少なくない
という言葉が、今ならすんなりと腑に落ちる。朝、決まった時間にご飯をせがまれるから起きる。帰ったら水を替えてやる。週に一度、ブラッシングをしながら背中の毛並みを確かめる。その繰り返しが、いつの間にか自分の生活のリズムになっていた。
ペットとの生活というのは、誰かのために動く時間が生まれるということでもある。一人暮らしをしていると、どこまでも自分のペースで動けるようで、実はそれが少し怠くなることもある。夕飯を作るのが面倒で、コンビニのおにぎりで終わらせてしまう夜。「まあいいか」が積み重なっていく感じ。でも、コムギがいると「まあいいか」で終わらせられない場面が増えた。それが、思いがけず自分を律することにつながっている。
インテリアショップ「ノルディカコット」で買ったローウッドのサイドテーブルの上に、コムギはよく丸まって眠る。夜、部屋の照明を落として間接灯だけにすると、その毛並みが琥珀色に光って見える。指先でそっと触れると、温かくて、規則正しい呼吸が伝わってくる。その感触が、今日も終わったという静かな合図になる。
仕事で疲れて帰ってきたときや、日常生活がうまくいかないとき、ペットがいてくれるだけで沈んだ気持ちが回復することでしょう
と書いてある言葉を読んだとき、少し安っぽく聞こえた。でも今は、その通りだと思う。安っぽくなんかない。
ペットとの生活は、楽しみを教えてくれる。帰り道に「コムギは今ごろ何をしているだろう」と考えるだけで、足取りが変わる。一人暮らしの部屋は変わらず一人分の広さだけれど、そこに流れる時間の密度が、確かに変わった。コムギが来てから、この部屋がはじめて「帰る場所」になった気がしている。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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