ペットと行く、長距離移動の旅──助手席の窓に鼻を押しつけて

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朝の六時ちょうど、エンジンをかけた瞬間に助手席のムギ(ミニチュアシュナウザー、三歳)がぴくりと耳を立てた。あの反応を見るたびに、この子はどこかで「旅に出る音」を覚えてしまったのだと思う。ペットとの生活というのは、気づかないうちに相手の記憶に刷り込まれていくものだ。

夏の早朝はまだ涼しく、窓の外には薄紫の空が広がっていた。助手席のクレートの中でムギが一度くるりと回って、ふわりと丸くなる。その仕草を横目で確認してから、わたしはゆっくりとアクセルを踏んだ。今回の目的地は、長野の山あいにある小さな宿「ハコネ・ウッドロッジ奈良井」。ペット同伴OKの宿を探しに探して、ようやくたどり着いた場所だ。

2026年、ペット同伴旅行の予約は前年比260%増と大幅に急増している
という。なるほど、高速道路のサービスエリアに寄るたびに、リードをつけた犬を連れた家族の姿を見かけるようになった。ペットとの生活が「家の中だけのもの」ではなくなってきている。

長距離移動を犬と一緒にするとき、いちばん最初に考えなければならないのは体調管理だ。
食事は車に乗る二〜三時間前に済ませ、さらに軽い運動やお散歩をしておくこと
が大切で、わたしも出発の朝は必ずそのルーティンを守るようにしている。ムギは車酔いこそしないものの、空腹のままだと落ち着きがなくなる。かつて一度、準備を怠って出発したことがあった。途中のSAでムギがクレートの中で小さくひと鳴きして、わたしを見上げた。「あなた、忘れてますよね」という顔だった。以来、食事とトイレは出発前の絶対ルールになった。

1〜2時間おきを目安に休憩を取り、水分を与えたり外へ連れ出したりして気分転換を図ること
も忘れてはいけない。特に夏場は車内の温度が上がりやすく、
犬の適温の目安は21〜25℃。クレートやキャリーの中は熱がこもりやすいので、愛犬の様子をこまめに確認し、サンシェードなどで日除けをする
と快適さが全然違う。

中央道を走りながら、わたしはふと子どもの頃のことを思い出した。家族で夏休みに出かけるとき、父がいつも「早く着くより、楽しく着け」と言っていた。当時はその言葉の意味がよくわからなかったけれど、ムギと旅をするようになって、やっと腑に落ちた気がする。急いで走っても、助手席の小さな命には関係ない。むしろ急発進や急ブレーキは、
犬自身のケガや不調につながるリスクがある
。安全運転こそが、いちばんの思いやりだ。

双葉SAで休憩を取ったとき、ムギが駐車場の芝生に降りた瞬間に、ぶるぶると全身を震わせた。クレートの中でずっと我慢していた緊張が、一気にほどけていくようだった。朝の光が斜めに差し込んで、その毛並みが金色に光っている。五感でいちばん強く残っているのは、あの瞬間の草の匂いと、遠くから聞こえてくる高速道路の低い風切り音だ。

SAやPAに立ち寄る際は必ずリードをつけて行動することで、トラブルを未然に防ぐことができる
。ペットが苦手な人もいるし、他の犬に反応してしまうこともある。注意することのひとつひとつが、ペットとの生活を豊かにする土台になっていると思う。

自分の匂いのついたブランケットをクレートにかけてあげると、安心感が得られやすい
とよく言われる。実際、ムギのクレートには古いフリースを一枚敷いている。洗おうとするたびに「もう少し待って」という顔をするので、結局ずっとそのままだ。これはわたしの小さな負けである。

奈良井の宿に着いたのは昼過ぎだった。木の香りが漂うロビーで、ムギはくんくんと鼻を鳴らしながら、ゆっくりと辺りを確認していた。長距離移動を終えたあとの、あの静かな安堵感。ペットとの旅はいつも、到着した瞬間よりも、道中のほうが長く記憶に残る。

組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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