
夏の終わりの夕方は、どこか独特のにおいがする。アスファルトが一日分の熱をゆっくり手放しながら、夕立の予感だけを残して乾いていく、あの感じ。8月も末になると、空の青が少しだけ濃くなる気がして、帰り道の信号待ちでふと空を見上げてしまう。
そういうとき、私はいつも少し早足になる。
「ただいま」と言っても、返ってくるのは静かな暗い部屋だけ——
そんな一人暮らしの夜が、猫を迎えてから変わった。玄関のドアを開けた瞬間、廊下の奥からちいさな気配がこちらへ向かってくる。爪が床を蹴る音。トタタタ、という軽い足音。それだけで、今日一日の重さが少しほどける。言葉にするのが難しいけれど、確かに何かが変わる。
うちの猫は「ムース」という名前で、グレーの短毛に白い胸元を持つ、どこか気位の高い顔をした三歳の雄猫だ。ペットショップではなく、知人の知人から引き取ったのがきっかけで、最初の一週間はクローゼットの奥に引きこもって出てこなかった。それが今では、帰宅するなり膝の上に乗ってくる。まあ、正確には「膝に乗るふりをして、実際は私の腕にあごを乗せているだけ」なのだが——それでも温かいので、文句はない。
ペットの存在によって「守るべき相手」がいる責任感が生まれ、生活リズムが整いやすくなる
というのは、本当だと思う。以前の私は、仕事が終わっても帰る理由を見つけられないことがあった。同僚と惰性で飲みに行き、終電近くにふらりと帰る。そういう夜が続いていた。ムースを迎えてからは、ごはんの時間に間に合うように退社する習慣ができた。誰かのために時間を守るというのは、自分のためだけでは続かないことがある。
仕事や学校から帰宅した際にペットが迎えてくれることを楽しみにしている方も多く、日々のストレス軽減につながる
という話は、体感として深く頷ける。ムースが玄関まで来るとき、彼はいつも少しだけ目を細める。猫の目が細くなるのは、リラックスしているサインだと聞いたことがある。その表情を見るたびに、「ああ、ちゃんと待っていてくれたんだな」と思う。それだけで十分だ、と。
インテリアにこだわる気持ちも、ペットとの生活を始めてから芽生えた。以前は「寝られればいい」と思っていた部屋を、今は少しずつ整えている。「ノルディカホーム」というブランドの木製キャットタワーを窓際に置いたのは、ムースが外の鳥を見るのが好きだからだ。日が差し込む午後2時ごろ、タワーの上で丸くなって眠るムースを見ると、この部屋に生き物の時間が流れているのを感じる。
ペットとの暮らしはテクノロジーの力でとんでもない進化を遂げている
という話もよく耳にするが、私が一番好きなのは、スマートデバイスでも自動給餌器でもなく、帰宅したときのあの足音だ。アプリで確認できる「今日のムースの活動量」より、膝の上で眠る体温のほうが、ずっとリアルに今日という日を肯定してくれる。
一人暮らしの楽しみは、意外と小さなところにある。誰かに気を遣わず好きなものを食べられること、好きな時間に電気を消せること。でも同時に、その静けさが重くなる夜もある。そういうとき、ムースがそっと隣に来て、低いごろごろという音を立てながら丸くなる。その振動が、手のひらから伝わってくる。
ペットとの生活は、劇的に何かを変えるわけではない。でも、確実に「帰る理由」をくれる。それだけで、一人暮らしの夜の色は、ずいぶんと違って見える。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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