
八月の終わりの夕暮れどき、窓から差し込む西日がリビングの床をオレンジ色に染めていた。その光の中で、うちの柴犬・むぎが後ろ足を伸ばしてうつらうつらしている。ああ、今日もこの子は気持ちよさそうだな、とソファに腰を下ろしながら思う。
ペットとの生活は、テクノロジーの進化とともに確実に変わってきている。
でも、どれだけ便利なガジェットが増えても、日々の暮らしの中で感じる「この子、今日は元気だな」という肌感覚は、家族にしかわからないものだと思う。
むぎがうちに来たのは、三年前の秋のことだった。子どもたちがペットショップの前で足を止め、ガラス越しに目を合わせた瞬間から、もうこの家族の一員になることは決まっていたようなものだ。当時小学三年生だった長女の凜が「この子、わたしを見てる」と言ったあの声を、今でも覚えている。
ペットとの生活が始まって最初に気づいたのは、家の中のリズムが変わったということだった。朝六時になると、むぎが寝室のドアを鼻先でそっと押す。誰よりも早く起きて、誰よりも正確に時間を知っている。その音で目が覚める朝は、不思議と気持ちがいい。
手作りフードを食べさせたいと願う飼い主さんも少なくないが、栄養管理の面では難しい部分も多い。
うちでもペットの食事にはずいぶん悩んだ。最初の一年は市販のドライフードだけだったが、獣医さんに相談しながら、今は週に二回だけ鶏のゆで汁で炊いたご飯を少量トッピングするようにしている。むぎがそのご飯を食べるときだけ、いつもより二割増しくらいしっぽが速く動く。それが何とも愛おしい。
凜と、弟の蒼太は、ご飯の準備を手伝いたがる。蒼太がボウルに具材を入れて、凜が量を測る。そのやりとりを見ていると、ペットとの生活が子どもたちに何かを教えているのだと、じわじわと実感する。命あるものを世話するということ。好き嫌いではなく、必要なものを考えるということ。
ペットの体調管理において、「なんとなく元気がない」という主観的な気づきも、実はとても大切な情報になる。
昨年の春、むぎが三日間ほど食欲が落ちた時期があった。ご飯の前にいつもするくるくると回る動作をしなくなって、なんとなくぼんやりしている。すぐに動物病院に連れて行くと、軽い胃腸炎だとわかった。「早めに来てくれてよかった」と先生に言われたとき、日々の観察がいかに大事かを改めて思い知った。
最近は家族みんなでスマートフォンのアプリを使って、ペットの体調管理の記録を共有することもできるようになっている。
うちでも「ペットノート・ハナレ」というアプリを使い始めた。食事の量、散歩の時間、うんちの状態まで記録できる。最初は面倒くさいと思っていたのに、蒼太が誰よりも熱心に入力していて、気づいたら親のほうが記録を忘れていた。(心の中で「完全に逆転している」とひっそりツッコんだのは、ここだけの話だ。)
夜、むぎがリビングの真ん中で大の字になって眠っている。その毛並みに触れると、夏の終わりの空気がほんのり残った体温が伝わってくる。柔らかくて、少し草のにおいがして、ゆっくりと上下する背中。
ペットと飼い主双方の生活の質を高めるためには、日々の小さなケアの積み重ねが何より大切だ。
特別なことは何もしていない。ただ、毎朝ご飯を量って、毎夕散歩に出かけて、体を触って、目を見て、話しかける。それだけのことが、この子の健康をつくっている。
ペットとの生活は、ゆっくりと家族の形を変えていく。凜はむぎのおかげで朝型になったし、蒼太は生き物への観察眼が育った。夫は帰宅するなりむぎに話しかけるようになり、わたしは夕暮れの西日の美しさに気づくようになった。
これからも、この子と一緒に季節を重ねていきたいと思う。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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