
助手席に積んだクレートの中で、麦(うちのビーグル、3歳)はもうすっかり眠っていた。出発から1時間も経たないうちに、あの特有のくぅくぅという寝息が聞こえてきて、こちらが拍子抜けするほどあっさりした旅の始まりだった。
今年の初秋、9月の早朝に自宅を出た。外はまだ薄暗く、空の端がうっすらと橙に染まりかけていた頃。エンジンをかけた瞬間、車内に広がる少しだけひんやりした空気と、シートの革が朝の冷気を吸い込んでいる感触。そういうものが、旅の始まりをいつもより特別に感じさせる。目的地は長野の山あいにある小さな宿「ハナノキロッジ」。片道およそ4時間半の長距離移動だ。
2026年はペット同伴旅行の予約が前年比260%増と大幅に急増している
という話を読んでから、なんとなく背中を押された気がして計画を立てた。
愛犬を家族の一員と捉える価値観の広がりが、ペットツーリズムの市場を大きく動かしている
のだと知ると、自分だけが特別なわけじゃないとわかって、少し安心もした。
ペットとの生活を続けていると、旅の準備のしかたが変わる。人間だけのときは前日の夜に荷物を詰めれば済んでいたのに、今は一週間前から段取りを考えるようになった。
乗車前に愛犬のトイレを済ませ、空腹や満腹状態にならないように食事時間を調整し、脱水を防ぐためにこまめに水分補給をさせることが大切だ。
これが意外と難しい。麦はご飯の時間にうるさくて、少しでも遅れると台所のタイルの上に座り込んでじっとこちらを見つめてくる。あの目に負けて、出発2時間前にうっかりおやつをひとつあげてしまった。ほんの小さな失敗だったが、その後の高速道路でそわそわしていたのは、もしかしたらそのせいかもしれない、と少し反省した。
愛犬と車で旅行する場合、1時間半〜2時間に1度は休憩をとるのがおすすめで、休憩なしで2時間以上走るのは避けたほうがいい。
これを守るようにしている。最初のサービスエリアで車を降りると、麦は眠たそうな顔で地面の匂いをかぎはじめた。草の上に降ろした瞬間、露が残る芝の冷たさが足裏に伝わるのか、ぴくっと体を震わせて、それからゆっくり歩き出す。その仕草がなぜか愛おしくて、しばらく眺めていた。
犬の適温の目安としては21〜25℃がおすすめで、クレートやキャリーの中は熱がこもりやすいので、愛犬の様子をこまめに確認し、車内の温度や空気の流れを調節することが重要だ。
9月とはいえ、日中の車内温度は油断できない。窓から差し込む光が強くなってきたら、サンシェードを引き出して、エアコンの風向きも調整する。こういう細かいことを繰り返しながら走るのが、ペットとの長距離移動のリアルな姿だと思う。
子どもの頃、家族で車旅をするとき、後部座席でぼんやり窓の外を見ていた記憶がある。流れていく山の稜線、知らない町の看板、どこかの踏切で止まった瞬間のディーゼルの匂い。あの感覚に近いものを、今は麦と一緒に味わっている気がする。彼が窓の外を見るとき、何を考えているのかは永遠にわからないけれど、耳をぴんと立てて、鼻をひくひくさせている横顔は、確かに「今ここにいる」という存在感に満ちていた。
ロードトリップはペット連れ旅行の中でもっともやさしい形であることが多く、温度も自分で調整でき、休憩場所も選べる。犬がそわそわし始めたときも、好きなタイミングで停車できる。
その自由さが、ペットとの旅を特別なものにしているのだと思う。
注意することはたくさんある。でも、それと同じくらい、得られるものも多い。麦が後部座席で丸くなって眠る気配を感じながら運転する時間は、日常のどんな場面とも違う静けさがある。ハナノキロッジに近づくにつれ、空気がひんやりと変わり、松の香りが車内に流れ込んできた。その瞬間、麦が顔を上げ、鼻をくんくんさせた。
ペットとの生活は、旅の景色まで変えてしまう。それが、この道を走って一番強く感じたことだ。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI


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