ペットが病気になったあの夜のこと、そしてわたしたちが学んだこと

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九月の初め、まだ夜でも少し蒸し暑さが残る頃のことだった。リビングの隅にある小さなクッションの上で、うちの猫のムギがいつもと違う様子で丸まっていた。ふだんなら夕食の気配を察して台所に現れるはずなのに、その日は動こうとしない。近づいてみると、鼻の先がいつもよりずっと乾いている。触れた瞬間、少しだけ熱を持っているような気がした。

ペットとの生活は、言葉のない対話の連続だ。鳴き声、尻尾の角度、目の輝き、食欲。そういった小さなサインを積み重ねながら、わたしたちは毎日「今日のあの子」を読み取っている。だからこそ、いつもと違う静けさが、どこか胸の奥を鋭く刺す。

その夜、わたしはすぐにスマートフォンを手に取り、近くのペット病院を調べ始めた。夜間対応をしているか、予約は必要か。画面を何度もスクロールしながら、頭の中では「大したことないといいな」という祈りと「でも念のため」という現実的な自分が静かに綱引きをしていた。

翌朝、かかりつけのペット病院「ハナモリ動物クリニック」に連れていくと、ムギは診察台の上でじっとしていた。いつも家では好き勝手に動き回るくせに、こういうときだけ妙に神妙な顔をする。獣医師の先生が聴診器を当てながら「おとなしいですね」とおっしゃったとき、わたしは心の中でこっそり「家では全然おとなしくないです」とツッコんでいた。

検査の結果、軽度の胃腸炎だということがわかった。点滴と投薬で数日様子を見ることになった。治療費の明細を受け取りながら、ふと思い出したのがペット保険のことだった。
犬や猫などのペットがケガ・病気で動物病院を受診する際には、治療費や検査費用などさまざまな費用がかかるが、ペット保険ではそれらが補償の対象になる。
ムギに保険を掛けていたのは、実はこういう日のためだった。加入したのはムギがまだ子猫だった頃で、「まあ若いし大丈夫だろう」と思いながらも、なんとなく不安で申し込んでいた。あの直感は正しかったのだと、この日ようやく実感した。

ペットの病気やケガの状態によっては、数日間の入院が必要になることもあり、入院費は日数に応じて数万円に達することもある。
今回は通院で済んだが、もし入院や手術が必要だったとしたら、と考えるとぞっとする。ペット保険は「お守り」ではなく、ペットとの生活を守るための現実的な備えなのだと、あらためて感じた瞬間だった。

病院からの帰り道、ムギをキャリーバッグの中に入れて自転車を押して歩いた。九月の朝の空気はまだ少しだけ湿っていて、金木犀ではないけれど、どこかの庭から甘い草の匂いが漂ってきた。バッグの中から小さな鳴き声が聞こえた。弱々しいけれど、確かにそこにある声。それだけで、ずいぶん気持ちが楽になった。

ペットが病気になったとき、飼い主にできることは限られている。でも、「いつもと違う」に気づくこと、すぐにペット病院へ連れていくこと、そして万が一に備えてペット保険に入っておくこと。この三つは、ペットとの生活を送るうえで、どれも欠かせない選択肢だと思う。

子どもの頃、実家で飼っていた犬が熱を出したとき、父がおろおろしながら動物病院に電話をかけていた光景を今でも覚えている。あの背中の不安そうな丸まり方が、今のわたしと重なる。時代が変わっても、ペットを心配する気持ちは変わらない。

ムギはその後、三日ほどで食欲を取り戻した。四日目の朝、台所に立ったとたんにすり寄ってきたとき、「ああ、戻ってきた」と思った。言葉にならない安堵が、静かに胸に広がった。ペットとの生活には、こういう小さな恐怖と、それを乗り越えた後の深い喜びが、いつもセットでついてくる。だからこそ、備えることをためらわないでほしい。あなたのそばにいるその子のために。

組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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