
秋の夜は、思いがけず早く来る。
十月の夕暮れどき、窓の外はすでに藍色に染まっていて、部屋の中はほんのり暖かいのに、どこか心細い空気が漂っていた。そんな夜に限って、愛犬のムギが食事に口をつけなかった。いつもなら器を置いた瞬間に飛びついてくるのに、その日は鼻先だけ近づけて、ふいと顔をそらした。そのたった一つの仕草が、胸の奥にひっかかった。
ペットとの生活を始めて四年が経つ。最初の頃は、くしゃみひとつで夜中に検索魔になっていたわたしも、今ではずいぶん落ち着いたつもりだった。でも、この夜ばかりは違った。ムギの体を触ると、いつもより少しだけ熱い気がする。鼻が乾いている。呼吸がわずかに浅い。五感が総動員で「何かがおかしい」と訴えてくる。台所から漂うシチューの香りにも、その夜はまったく食指が動かなかった——わたしも、ムギも。
翌朝、かかりつけの「たんぽぽ動物クリニック」に電話を入れた。ペット病院というのは、診察台の上で動物たちが見せる表情が、どこか子どもに似ている。キョロキョロと周囲を確認して、それでも飼い主の手のぬくもりを探す。ムギもそうだった。冷たいステンレスの台の上で、わたしの袖口をそっと前脚で押さえた。その重みが、なんとも言えなかった。
診断は軽い胃腸炎だった。大事には至らないと聞いて、肩の力が一気に抜けた。ただ、先生から「今後のために備えておくといいですよ」と言われたのが、ペット保険のことだった。
ペットには人間の健康保険のような制度がなく、動物病院での診療費は全額自己負担となる。
だからこそ、万が一の大きな病気や手術のときに、保険があるかないかで選択肢の幅が大きく変わってくる。
ペット保険では、動物病院でかかった病気やケガの治療費、入院費用、手術費用などが基本的に補償対象となる。
その日の帰り道、わたしはスマートフォンを開いて、ペット保険の比較サイトをはじめて真剣に眺めた。
正直に言うと、ムギを迎えた当初にも保険のことは考えた。でも「まだ若いし」「元気だし」と後回しにしていた。子どもの頃、実家で飼っていた柴犬が急に体調を崩したとき、両親が「お金のことを心配しながら病院に行くのはつらい」と言っていたのを思い出した。あの言葉の意味が、今になってじわりとわかる気がした。
病気になったときに払えないとならないために、ペット保険への加入を検討したり、月々の医療費として貯蓄しておくことが安心につながる。
ちなみに余談だが、ペット病院の待合室でムギがくしゃみを三連発したとき、隣に座っていた老紳士が「お大事に」と言ってくれた。ムギに向かって、真顔で。思わず「ありがとうございます」と返してしまったわたしは、家に帰ってからしばらく笑いをこらえていた。
ペットが病気になる瞬間は、いつも予告なく訪れる。だからこそ、ペットとの生活の中で「備え」を日常に組み込んでおくことが大切なのかもしれない。
ペットはもはや単なる愛玩動物という枠を超えて、家族の一員となっている。
家族が体調を崩したとき、お金の不安なく最善の選択ができるかどうか——それは、日ごろの準備にかかっている。
ムギは今、わたしの足元で丸くなって眠っている。規則正しい寝息と、床暖房のやわらかな温もり。その重みと体温が、今夜もここにあることを確かめながら、わたしはそっとブランケットをかけ直した。ペット病院に連れて行けてよかった、と思う。ペット保険の申し込みも、明日には済ませようと思っている。今度こそ、本当に。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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