
九月の半ば、日が落ちるのが少しずつ早くなってきた夕暮れどき。窓から差し込む光がオレンジ色に傾いて、フローリングに長い影を落としていた。そのとき、愛猫のムギがいつもと違う場所で丸くなっているのに気づいた。ごはんの器の前で座ったまま動かない。鼻の頭が、ほんの少しだけ乾いていた。
触れてみると、体温がいつもより高い気がした。ふだんはこちらの手を嗅いで、気が向けばすり寄ってくるのに、その夜のムギはただじっとしていた。目を細めて、ゆっくりと瞬きをくり返す。その仕草が、なんとなく「しんどい」と言っているように見えた。
ペットとの生活を始めて三年が経つ。正直に言えば、最初の一年はほとんど何もわかっていなかった。ごはんをあげて、トイレを掃除して、一緒に眠る。それだけで精一杯だったし、それで十分だと思っていた。でも、生き物と暮らすということは、もっと細かい変化を読み取ることなのだと、今はわかる。
子どものころ、実家で飼っていた柴犬の「クロ」が体調を崩したとき、父が夜中に車を走らせてペット病院へ連れていった光景を、今でも覚えている。廊下の電球の黄色い光、消毒薬のつんとした香り、診察室の前で待ちながら父の手をぎゅっと握っていたこと。あのときの心細さが、ムギの様子を見ているうちにふわっとよみがえってきた。
まず落ち着いて、ムギの状態を確認した。食欲はあるか。水を飲んでいるか。嘔吐や下痢はないか。呼吸のリズムはどうか。こういうチェックリストを頭の中で回すようになったのは、かかりつけの獣医師に「気になることがあったら、まず観察してメモしてから来てください」と言われてからだ。焦って飛び込むより、情報を持っていくほうが診察がずっとスムーズになる、と。
ペット病院に電話をかけると、受付の方が穏やかな声で「今夜の状態をもう少し教えてください」と聞いてくれた。症状を伝えると、「今すぐ来てください」ではなく「明朝、早めにいらしてください」という判断をしてくれた。その言葉が、妙に心を落ち着かせた。プロの目から見て、今夜は様子を見られる状態だということ。それだけで、少し息ができた。
翌朝、ムギを連れてかかりつけの「ハルノ動物クリニック」へ向かった。秋口の朝の空気はひんやりしていて、キャリーケースの中でムギがくしゃみをひとつした。思わず「大丈夫だよ」と声をかけたら、なぜかこちらが泣きそうになった。ペットを病院に連れていくたびに、こんなに心細くなるとは思っていなかった。
診断は軽度の上部気道感染症だった。人間でいえば、風邪に近いもの。抗生剤と栄養補助のシロップを処方してもらい、一週間ほどで回復した。治療費は通院二回で合計一万二千円ほど。ペット保険に加入していたので、自己負担はその七割引きだった。
ペット保険では、動物病院でかかった病気やケガの治療費や、治療に必要な検査費用などが補償される。契約時に定めた補償割合(50%や70%など)が保険金として支払われる仕組みになっている。
加入していなければ全額自己負担になっていたわけで、あらためてペット保険の存在に感謝した。
ペットが一度病気になってしまうと、ペット保険に加入できなかったり、条件付きになってしまう可能性があるため、ペットが健康なうちに検討しておくことが大切だ。
ムギを迎えた直後に加入しておいて、本当によかったと思う。あのとき「まあ若いし大丈夫か」と先延ばしにしていたら、と考えるとぞっとする。ちなみに加入手続きのとき、ムギはキャリーケースの中でひたすら自分のしっぽを追いかけていて、書類に集中できなかった。あれは今思い返しても笑える。
ペットのメンタルヘルスや心理ケアへの関心も近年高まっており、ストレスを軽減するためのグッズやサービスが増えている。
病気の回復期に、ムギが安心して眠れる場所をつくってあげることも大切だと実感した。薄暗くて静かな場所、柔らかい毛布、そっとそばにいること。それだけで、回復のスピードが違う気がした。
ペットとの生活は、日々の小さな観察の積み重ねだと思う。ごはんの食べ方、歩き方、鳴き声のトーン、眠る場所の変化。それらのわずかなズレが、体調の変化を教えてくれる最初のサインになる。かかりつけのペット病院を持ち、ペット保険で万が一の備えをしておくこと。そのふたつがあるだけで、いざというときの動き方がまるで変わってくる。
ムギは今、窓辺でうとうとしている。秋の午後の光が、その丸い背中にやわらかく降り注いでいる。元気な寝顔を見ながら、また明日も観察を続けようと思う。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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