
七月の朝は、早い。まだカーテンの隙間から白っぽい光が差し込んでくる時間帯に、娘の咲良(さくら)はもうリビングにいる。目的はひとつ。ソファの端で丸くなって眠っている、ミニチュアシュナウザーの「むぎ」に会いに行くためだ。
むぎがわが家に来たのは、咲良がまだ三歳のころだった。あの頃の咲良は、「わんわん」という言葉しか知らなかった。それが今では「むぎ、お腹すいてるんじゃないかな」と、ちゃんと相手の気持ちを読もうとする。ペットとの生活が、子供をこんなふうに変えていくのだと、親になってはじめて実感した。
むぎの毛は、触れるとびっくりするくらい柔らかい。咲良はいつも頬をそこに押しつけて、「あったかい」とつぶやく。梅雨明けしたばかりの七月の空気はすでに蒸していて、窓を開けると草のにおいと、どこかの家の朝ごはんのにおいが混じって入ってくる。そんな朝でも、むぎの体温だけはいつも一定で、咲良にとってそれが安心の基準になっているようだった。
ペットとのふれあいが子供の成長に与える影響は、実は研究でも裏づけられている。
イギリスの横断研究によると、ペットを飼育する子どもたちには、動物に関する友情や思いやりの感情が育まれ、感情面の成長はペットとの関わりが強いほど大きいという結果が出ている
。咲良を見ていると、その言葉がずっしりと腑に落ちる。
ある日の夕方、咲良がむぎにおやつをあげようとして、袋を盛大に床にぶちまけたことがあった。小粒のドッグフードが、フローリングの上をころころと転がっていく。むぎはそれを追いかけ、咲良は「あ、あ、あ」と言いながら一粒ずつ拾い集め、最終的に「むぎが全部食べてくれたからいっか」と謎の着地をしていた——親としては心の中で「それ、拾ってたの意味なかったね」とそっとツッコんでいたのだが、むぎはといえばすでに満足そうに尻尾を振っていた。
そういう小さなやりとりの積み重ねが、子供を育てる。失敗しても、むぎは怒らない。ただそこにいて、しっぽを揺らす。その無条件の存在感が、咲良に「大丈夫」という感覚を育ててきたのだと思う。
わたしが子どもだったころ、実家では猫を飼っていた。名前はシロ。気まぐれで、なでようとすると逃げるくせに、夜中になると布団に入ってきた。あの温かさと重さは、大人になった今でも手のひらが覚えている。ペットとの記憶は、不思議なほど身体に残る。咲良にも、むぎとのふれあいがそんなふうに刻まれていってほしいと思う。
最近、咲良はインテリア雑貨のブランド「ノルトリーフ」のミニチュア犬の置物を自分のお小遣いで買ってきた。「むぎに似てるから」と言って棚に飾り、毎朝「おはよう」と声をかけている。むぎ本人は置物に気づいているのかいないのか、まったく無関心だ。
ペットとの生活は、子供に「命があること」を静かに教える。水を替えること、ごはんの時間を守ること、体調の変化に気づくこと。咲良は今、むぎのリードを自分で持って散歩に行くことを覚えた。最初は引っ張られてよろけていたのに、今では「むぎ、こっちだよ」と落ち着いた声で誘導できるようになっている。その背中が、少しだけ大きくなった気がした。
子供の成長は、気づいたときにはもう次のステージに進んでいる。むぎもまた、咲良と一緒に年を重ねている。
子どもが成長する時期に家庭にペットがいると、子どもは優しく、強く、健やかに育つことは、すでによく知られている
。それでも、日々の暮らしの中でそれを目の当たりにするたびに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
夕暮れどき、むぎが咲良の膝の上でうとうとしている。咲良は動かないように、息をひそめて本を読んでいる。窓の外から、蝉の声が聞こえ始めた。この夏も、ふたりはまた少しずつ、一緒に育っていく。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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