
七月の朝は、思ったよりも早く明ける。カーテンの隙間からやわらかい光が床に落ちて、その光の帯の上に、うちのトイプードルの「むぎ」がちょこんと座っていた。目が合うと、しっぽがゆっくり、それからだんだん速く揺れはじめる。「おはよう」と声をかけると、今度は全身で返事をしてくる。ペットとの生活というのは、こういう朝の積み重ねでできているのだと、最近しみじみ感じるようになった。
むぎがうちに来たのは三年前。小学三年生だった娘が「どうしてもほしい」と言い張って、週末ごとにペットショップへ連れていかれた末に折れた形だ。正直、最初は「世話は誰がするんだ」と半信半疑だったのだが、気がつけば朝の散歩は夫の担当になり、ご飯の準備はわたしがやり、トリミングの予約は娘が調べる、という謎の分業体制が自然にできあがっていた。家族というものは、小さな命が一つ加わるだけで、こんなにも動き方が変わるものらしい。
ペットの食事については、うちでもずいぶん試行錯誤してきた。最初は市販のドライフードを何も考えずに与えていたのだが、かかりつけの獣医師に「年齢や体重に合ったものを選んでいますか?」と聞かれて、ぐっと言葉に詰まった。それからは成分表示を確認するようになり、今は「ナチュロルグレイン」という国産のグレインフリーフードをメインに、週に二、三回だけウェットフードをトッピングしている。むぎが器に鼻を近づけた瞬間、ぶわっと尻尾を振るのを見ると、選んだ甲斐があったと思える。食べる姿というのは、正直でいい。
娘が小さいころ、実家で飼っていた柴犬の「はな」は、なんでもがつがつ食べる子だった。ドッグフードだろうが煮干しだろうが、差し出せばすぐに平らげていた。あの頃は「食べてくれれば何でもいい」くらいの感覚だったが、今思えばもう少し気を配ってあげればよかったな、と少し後悔している。むぎには同じ思いをさせたくない、という気持ちが、食事選びの丁寧さにつながっているのかもしれない。
ペットの体調管理も、ここ一年でずいぶん変わった。スマートフォンのアプリで体重・食事量・散歩時間・便の状態を毎日記録するようにしたのだが、これが家族全員で共有できるのがとても便利で、夫が「今日のむぎ、朝ごはん全部食べた?」とLINEで確認してくることも増えた。以前は「なんとなく元気そう」という感覚だけが頼りだったが、データで見ると小さな変化に気づきやすい。先月、食欲がわずかに落ちた時期があって、記録をもとに獣医師に相談したら「早めに来てくれてよかった」と言われた。あの言葉は、素直に嬉しかった。
夕方、娘がリビングのソファでうとうとしていると、むぎが必ずその隣に寄り添って丸くなる。ふわふわした毛の温もりが娘の腕に触れて、二人してうとうとしている光景は、何度見ても飽きない。むぎが夢でも見ているのか、ぴくぴくと足を動かすことがある。そのたびに娘が「走ってるね」と寝ぼけた声でつぶやく。
そういえば先週、むぎのおやつを買いに行って棚の前で五分以上悩んでいたら、夫から「そんなに選ぶなら自分で食べてみれば」とツッコまれた。まあ、確かに。でも、選ぶ時間も含めてペットとの生活の一部だと思っているので、悩んで当然なのだ、とわたしは心の中で反論した。
家族みんながむぎのことを思い、それぞれのやり方で関わっている。それがいつの間にか、家族の会話を増やし、一日の流れをつくり、朝の光の中で誰かが笑っている理由になっている。ペットとの生活は、手間もかかるし、心配も尽きない。でも、この毎日を手放したいとは、たぶん誰も思っていない。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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