帰宅するたびに気づく、ペットがいる一人暮らしの小さな楽しみ

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鍵を差し込む、その一瞬だ。ドアノブを回す前から、向こう側の気配がわかる。小さな爪が床をこする音。ぱたぱたと近づいてくる足音。
「毎日、時間がわかるの?ってくらい、帰る頃になると玄関で待っていてくれる」
——そんな声がSNSにあふれているのも、納得できる。

今日も残業だった。五月の夕暮れは遅くまで空が明るく、オレンジと紫が混ざったような色が窓の外に広がっていた。電車の中では誰とも話さず、ヘッドフォンを耳に押し込んで、ただ揺られていた。駅から歩いて七分、「ノースウッド」というインテリアショップの前を通り過ぎるとき、ふと足が止まった。ガラス越しに見えた木製のキャットタワー。思わず値札を確認して、そっとスマホをしまった。買えない金額ではないけれど、今日じゃなくていい。そう思いながら、また歩き出した。

アパートの階段を上がるとき、もう鼻がわかっている。自分の部屋の匂い。古い木と、かすかに残るキャットフードの香り。子どもの頃、実家に帰ると漂っていた「家の匂い」に似ていると、いつも思う。あの頃は犬がいた。玄関を開けると飛びついてきて、ランドセルごとひっくり返されたこともある。あれは確か小学二年生の冬だった。

ドアを開ける。

廊下をダッシュしてくる
足音が、今日もちゃんとある。うちの猫——名前はムギ、三歳のキジトラ——は、玄関まで来てから急ブレーキをかけ、何事もなかったような顔で座る。「待ってたわけじゃないし」という顔をしているが、しっぽの先だけがゆらゆらと揺れている。心の中で軽くつっこむ。*バレてるよ、ムギ。*

一人暮らしを始めたのは三年前だ。最初の半年は、帰宅するたびに部屋の静けさが少し重かった。誰もいない、音もない、ただ自分だけがいる空間。それが悪いわけではないけれど、どこかに欠けている感覚があった。
「生活に癒しがほしかった」という理由でペットを迎えた人が43.5%
というデータがある。自分もきっとそのひとりだ。

ムギを迎えてから、帰り道の感覚が変わった。
毎日飼い主の帰宅を待ってくれているペットがいると、孤独感が薄れてあたたかい気持ちになる
——言葉にするとそのままだけれど、実際に感じてみると、その重みはずっと大きい。

バッグを床に置いて、手を洗って、リビングに戻る。ムギはすでにソファの背もたれに乗っていて、こちらを見下ろしている。目が合うと、ゆっくりまばたきをした。猫のスローまばたきは「信頼のサイン」だと何かで読んだ。本当かどうかは知らないが、信じることにしている。

ペットを飼うと、自然と規則正しい生活が身についてくる。
それも実感している。ムギのご飯の時間があるから、深夜まで外をふらつくことが減った。朝も、ご飯をねだる声で目が覚める。目覚ましより確実だ。

夜、ソファに座ってぼんやりしていると、ムギが膝の上に乗ってくる。
しれっと膝の上に座ってきたり、寝るのが分かると我先に布団へ寝ころぶ
——まさにその通りで、うちのムギも例外ではない。温かい重さが膝にのる。毛並みをそっと撫でると、ごろごろという振動が手のひらに伝わってくる。その音は、不思議と何かを落ち着かせる。

ペットとの生活は、楽しみばかりではないことも知っている。
ペットと暮らすことは楽しいことばかりではなく、大変だったり困ったりすることもたくさん出てくる。
動物病院の費用、旅行に行けない制約、夜中に鳴く声。それでも、帰宅するたびにあの足音が聞こえると、今日も帰ってきてよかったと思う。

一人暮らしの部屋は、ひとつの命を迎えてから「家」になった気がする。壁の色も、窓から入る光の角度も、変わっていない。でも、何かが確かに違う。五月の夜風が網戸越しに入ってきて、ムギの毛がふわりと揺れた。
ペットとの暮らしを通じて日々の癒しや新たな楽しみを発見していくことで、毎日がもっと充実したものになる
——そういうことなのかもしれない。

今夜も、ムギは布団に先に入っている。

組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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