帰宅するたびに気づく、ペットがいる一人暮らしの小さくて確かな楽しみ

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玄関のドアを開けた瞬間、空気が変わる。

仕事帰りの夜、くたびれたスニーカーを脱ぎながら「ただいま」と言う。返事はない。でも、廊下の奥からぱたぱたと小さな足音が聞こえてきて、気づけばもう、足元に温かいものがいる。

一人暮らしを始めて三年目の春に、わたしは猫を迎えた。名前はムク。グレーと白のまだら模様で、耳だけが妙に大きい。ペットショップではなく、知人の知人から譲り受けた子で、最初の一週間はベッドの下から出てこなかった。あのころは正直、失敗したかもしれないと思っていた。

でも今は違う。

四月の終わりごろ、窓から差し込む夕方の光がフローリングに長く伸びる時間帯、ムクはきまってその光の中に体を横たえる。うとうとしながら、時おり耳だけぴくりと動かす。その仕草を見ていると、なぜか自分まで息が深くなる気がした。

毎日飼い主の帰宅を待っていてくれるペットがいると、孤独感が薄れてあたたかい気持ちになる
、とよく言われる。その言葉の意味が、実際に暮らしてみてはじめてわかった。言葉にするとありきたりだけれど、体で知るとまるで別の話だ。

ペットとの生活は、細かいところに楽しみが宿っている。

朝、コーヒーを淹れる音にムクが反応して台所に来る。豆を挽くガリガリという音が好きらしく、必ずそこに座って見上げてくる。インテリア雑貨ブランド「ノルムハウス」で買ったアイアン製のキャットスタンドに登ろうとして、毎朝一回は滑る。それを見て思わず笑ってしまう。ムクは何事もなかったような顔で毛づくろいを始める。(これが毎朝繰り返されるのだから、学習しているのかしていないのか、正直よくわからない。)

仕事で疲れて帰ってきたときや、日常生活がうまくいかないとき、嫌なことがあったときなど、ペットがいてくれるだけで沈んだ気持ちが回復することでしょう
。そう書かれた記事を以前読んだとき、少し大げさだと感じていた。でも、残業が続いた水曜の夜、帰宅してそのままソファに崩れ落ちたとき、ムクがそっと隣に来て丸くなった。毛並みに指を埋めると、ほんのり温かくて、なんともいえない安心感があった。子どものころ、祖母の家の縁側で飼い犬のそばに座っていたときの感覚に似ていた。あの縁側の、夏の夕方の匂いまで一緒に思い出した。

ペットがいることで一人暮らしの生活は、癒しに溢れ、人生も豊かになります
。それは本当だと思う。ただ、楽しいことだけではない、ということも正直に言っておきたい。

病院に連れていくとき、キャリーバッグに入れるのに毎回格闘する。爪切りは二人がかりでもひと苦労で、一人ではほぼ不可能だ。旅行の計画を立てるたびに、預け先のことを考えなければならない。それでも、帰ってきたときにあの足音が聞こえると、やっぱりよかったと思う。

帰ってくるといつもお出迎えしてくれるので、ひとりじゃないと実感できる
、という声を見たことがある。まさにそれだ。一人暮らしの部屋に帰るとき、誰かがいるという事実は、想像以上に大きい。

ペットとの生活が教えてくれるのは、「小さなことに気づく力」かもしれない。

ムクが窓の外を見ている角度。ご飯を食べ終えた後の満足そうな顔。夜中に布団の足元にそっと来て、丸まって眠る重さと温もり。そういうものが積み重なって、一日一日が少しずつ違う色になっていく。

ペットとの暮らしを通じて日々の癒しや新たな楽しみを発見していくことで、毎日がもっと充実したものになる
。その言葉は、実感として今のわたしにぴったり重なる。

今夜もムクは光の中で眠っている。わたしはその隣に座って、少し冷めたコーヒーを飲んでいる。特別なことは何もない。でも、これがいい。

組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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