
玄関のドアを開けた瞬間のことを、うまく言葉にできないでいる。
仕事帰りの夜、くたびれたスーツのまま鍵を差し込むと、部屋の奥からかすかな気配がする。足音、というよりも、空気のわずかな揺れに近い。ドアが開ききる前から、もう伝わってくる。「あ、帰ってきた」という、あちら側の確信が。
うちの猫は「むぎ」という名前だ。三歳になる茶トラで、普段はソファの背もたれに半分溶けたように寝ている。それが、私の帰宅時間になると、なぜかちゃんと玄関まで来ている。時計が読めるわけでも、スマートフォンを持っているわけでもないのに。一度だけ、いつもより一時間早く帰ったことがあった。むぎはソファで熟睡中で、目が合った瞬間に「あ、しまった」という顔をした——気がした。あれはたぶん私の見すぎだけど、それでもちょっと笑ってしまった。
仕事から帰ってきたとき、喜びを全身で表現して迎えてくれるペットがいれば、疲れも吹き飛ぶ。
そう言われると少し大げさに聞こえるかもしれないけれど、実際にそういうものだと思う。
一人暮らしを始めたのは、二十代の半ばのことだった。最初の数ヶ月は、静けさが心地よかった。誰にも気を遣わなくていい、自分だけのリズムで生きられる。でも、秋が深まるにつれて、その静けさが少しずつ重くなっていった。帰っても電気が消えている。冷蔵庫のモーター音だけが、妙にはっきり聞こえる夜があった。
むぎを迎えたのは、そんな十一月の初旬だ。近所の「ノースパウ」というペット用品店の前にあった里親募集の張り紙を、雨の日に見つけた。傘を差しながら、濡れた紙に書かれた小さな写真をしばらく見ていた。気づいたら電話していた。
ペットは、大切に飼育してくれる飼い主の帰宅を待ち、いつも純粋な気持ちで接してくれる。生きものの体温で、あたたかな気持ちにもなる。
これは本当のことだと、一緒に暮らすようになってから何度も思った。
むぎが膝に乗ってくるのは、たいてい夜の十時を過ぎたころだ。私がソファに座って、ぼんやりとスマートフォンを眺めているとき。無言でやってきて、ひとつ丸くなる。そのずっしりとした重さと、ゴロゴロという低い振動が、体の奥まで伝わってくる。
心拍数や血圧も落ち着いて、体の力がフッと抜けていくのがわかる。
難しいことは何もいらない。ただそこにいてくれるだけで、部屋の温度が変わる気がした。
ペットとの生活が、こんなにも日常の輪郭を変えるとは思っていなかった。朝の光の中でむぎが伸びをする姿。夕方、窓から差し込む斜めの光の中で、ほこりと毛が一緒に舞っているのを見ながら、「掃除しなきゃ」と思いつつ手が動かない時間。それすらも、今は愛おしい。
ペットと過ごす時間は、仕事や日常生活のストレスから解放される貴重な瞬間だ。ペットは喜怒哀楽を共有するパートナーとなり、孤独感の軽減にもつながる。
一人暮らしの楽しみというのは、誰かと分かち合えないぶん、深く自分の中に積もっていくものかもしれない。むぎとの時間は、そういう種類の豊かさだ。
玄関を開けるたびに、ただいま、と言えること。それだけで、今日も帰ってこれたと思える。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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