
帰宅して鍵を開けた瞬間、あの独特の足音が聞こえてくる。
一人暮らしを始めて三年目の秋、なんとなく寂しさに負けてペットを飼い始めたんだけど、正直ここまで生活が変わるとは思ってなかった。仕事で疲れて帰ってきても、玄関のドアを開ければ必ず誰かが待っててくれる。その「誰か」が人間じゃなくて、小さな生き物だってことが、むしろちょうどいいのかもしれない。人間相手だと気を遣うし、疲れてる時は話しかけられたくない日もあるから。
うちの猫は名前をモカっていうんだけど、これは飼い始めた日に近所のカフェ「ブルームーンコーヒー」でモカを飲んでたからという、めちゃくちゃ安易なネーミング。でも呼びやすいし、本人(本猫?)も気に入ってるみたいだから結果オーライ。
夜の八時過ぎ、いつもの時間に帰宅すると、廊下の奥からパタパタと駆けてくる音がする。玄関の明かりをつける前から、暗がりの中で光る二つの目が見えて、それだけでなんか一日の疲れがスッと抜けていく感覚がある。靴を脱いでる間も足元にすり寄ってきて、鳴き声を上げながらぐるぐる回ってる。「お腹すいた」アピールなのか、「おかえり」なのか、たぶん両方なんだろうけど。
ペットとの生活って、想像以上にルーティンができる。朝は六時半に起こされ、夜は餌の時間を逃すと催促され、週末は遊び相手をさせられる。自由な一人暮らしのはずが、実はけっこう縛られてる…だけど。
この「縛られてる感」が悪くないんだよね。むしろ生活にリズムができて、前より規則正しくなった気がする。以前は終電で帰ることも多かったけど、今は「モカの夕飯の時間までには帰ろう」って思うようになって、残業も減った。上司には言えないけど、ペットのおかげで定時退社の理由ができたのは、意外な副産物だった。
そういえば先週、飲み会を断ったら同僚に「彼女できた?」って聞かれて、「いや、猫が」って答えたら微妙な空気になったことがあった。ペットを飼ってない人には、この感覚わかってもらえないんだろうな。
冬の夜、暖房をつけた部屋でソファに座ってると、モカが膝の上に乗ってくる。その重みと温かさが、なんとも言えず心地いい。テレビを見てても、スマホを触ってても、膝の上で丸くなって眠ってるモカの寝息が聞こえてくる。たまに寝言みたいに小さく鳴いたりして、それを聞いてるだけで時間が過ぎていく。
一人暮らしの部屋って、基本的に静かすぎるんだよね。誰もいない空間に帰ってきて、誰とも話さずに寝る。それが当たり前だと思ってたけど、ペットがいると部屋に「生活音」が生まれる。水を飲む音、毛づくろいする音、おもちゃで遊ぶ音。そういう小さな音が、部屋を「家」に変えてくれる気がする。
休日の朝、いつもより遅く起きると、モカが枕元で待ってることがある。目が合うと、少し不機嫌そうな顔をしてる。「いつもより遅いじゃん」って言ってる気がして、思わず謝りながら餌をあげる。ペットに謝る生活、飼う前には想像もしてなかったけど、これが日常になってる。
楽しみって、別に大きなイベントじゃなくてもいいんだと思う。毎日帰ったら誰かが待っててくれる、それだけで十分楽しみになる。金曜の夜に飲みに行くのも楽しいけど、平日の夜に家で過ごす時間も、同じくらい楽しみになった。というか、以前より家にいる時間が好きになった。
ペットとの生活は、確かに責任も増えるし、自由も減る。旅行だって気軽に行けなくなるし、朝寝坊もできない。でもその代わりに得られるものは、思ってたよりずっと大きかった。
帰る場所があって、待っててくれる誰かがいる。それだけのことなんだけどね。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI


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