
娘が犬の耳をぎゅっと掴んだ瞬間、私は心臓が止まるかと思った。
あれは確か、初夏の午後だったと思う。リビングの窓から差し込む光が床に長い影を作っていて、エアコンをつけるにはまだ早いけど扇風機だけじゃ物足りない、そんな微妙な季節。我が家に来て三年目になるゴールデンレトリバーのハチが、いつものようにリビングの隅で昼寝をしていた。当時二歳半だった娘の芽衣は、よちよち歩きでハチに近づいていく。
私は台所で夕飯の下ごしらえをしながら、その様子を横目で見ていたんだけど。
正直に言うと、ペットを飼うことには最初かなり抵抗があった。夫が「子供の情操教育にいい」なんて言い出したときは、「また育児雑誌の受け売りか」って呆れたものだ。だって考えてみてほしい。おむつ替えと授乳で睡眠不足の日々に、さらに犬の世話まで加わるなんて。ペットショップで「この子にします」って夫が決めたとき、私の頭の中では散歩当番の押し付け合いとか、抜け毛掃除の果てしなさとか、そういう現実的な未来予想図しか浮かばなかった。
でも、ハチが来てから家の空気が変わったのは認めざるを得ない。最初は赤ちゃんだった芽衣が、ハチの存在を認識し始めたのは生後八ヶ月くらいだったか。ベビーサークルの中から、床を歩き回る茶色いもふもふを目で追うようになって。ハチの方も、この小さな人間が「群れの一員」だって理解したみたいで、芽衣が泣くと必ず側に来て座るようになった。獣医さんに聞いたら、「犬は赤ちゃんを自分より下の存在として守ろうとすることがある」らしい。
話を戻すと、あの日の芽衣は珍しく機嫌が悪かった。お昼寝の時間がずれたせいか、おやつが気に入らなかったのか。理由なんてわからない。二歳児の不機嫌に理由を求めるのは、天気予報で来月の気温を当てようとするくらい無謀だ。
そんな芽衣が、寝ているハチの耳をぎゅっと掴んだ。しかも両手で。
私は包丁を置いて駆け寄ろうとした。犬だって痛ければ反射的に噛むかもしれない。どんなに温厚なハチでも、突然痛みを与えられたら——。そう思った瞬間、ハチがゆっくりと目を開けた。耳を掴まれたまま、芽衣の顔をじっと見つめている。そして、小さくため息をついたように見えた。本当に、「やれやれ」って言いたげな顔で。
芽衣はハチの反応が面白かったのか、きゃっきゃと笑い出した。ハチは相変わらず動かない。耳を掴まれたまま、芽衣の笑顔を見ている。その光景を見ながら、私は台所に戻ることにした。大丈夫だ、この二人なら。
そういえば、友人のマキが飼っているチワワは、子供が近づくと必ず逃げるらしい。「うちの犬、子供嫌いなのよね」ってぼやいていたけど、それが普通なんだと思う。ハチみたいに、じっと我慢してくれる犬の方が珍しいのかもしれない。動物病院の待合室で会った「ペットライフ・コンサルタント」を名乗る女性が、「犬種によって子供への適性が違う」みたいな話をしていたっけ。正直、半分くらいしか聞いてなかったけど。
それから数ヶ月して、芽衣は「優しく触る」ことを覚えた。ハチの背中をそっと撫でる。最初はぎこちなかったその手つきが、だんだん滑らかになっていく。ハチは撫でられると目を細めて、喉の奥でグルグルと音を立てる。芽衣はその音が好きらしくて、何度も何度も撫でる。
ある雨の日の夕方、芽衣が転んで膝を擦りむいたことがあった。血が滲んで、本人は大泣き。私が絆創膏を貼っても泣き止まない。そのとき、ハチがすっと芽衣の隣に座って、擦りむいた膝をぺろっと舐めたんだ。芽衣はびっくりして泣き止んで、それから「ハチ、ありがと」って言った。三歳になったばかりの子供が、ペットに感謝の言葉を言えるようになっていた。
今、芽衣は四歳になって、ハチの水入れを自分で洗うようになった。まだ上手くはない。床はびしょびしょになるし、水入れには洗剤の泡が残っていることもある。でも、「ハチのお世話」を自分の仕事だと思っているらしい。朝起きたらハチに「おはよう」を言って、保育園から帰ったら真っ先にハチを探す。
犬の寿命は人間より短い。いつかハチとお別れする日が来る。そのとき芽衣がどう受け止めるのか、私にはまだ想像できない。
でも、今はただ、二人が一緒にリビングで昼寝している姿を見ているだけで十分だと思っている。芽衣の小さな手がハチの毛に埋もれていて、ハチの大きな体が規則正しく上下している。窓から入る風が、カーテンを少しだけ揺らしている。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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