
梅雨が明けかけた七月のはじまり、朝の六時半にはもう日差しが白くて眩しかった。リビングのカーテン越しに光が斜めに差し込んで、床に細長い影をつくっている。その影の上に、うちのトイプードルのクルミが、前足をぴんと伸ばしたまま、気持ちよさそうに寝そべっていた。
ペットとの生活というのは、こういう何でもない朝の一コマが積み重なってできている。特別なことなんて、ほとんどない。でも、その「何でもなさ」の中に、家族の時間がある。
うちには小学三年生の娘と、中学一年生の息子がいる。二人ともクルミのことが大好きで、朝起きると真っ先にクルミのもとへ走っていく。娘はクルミの耳をそっと触るのが習慣で、息子はクルミがお腹を見せて転がるまでひたすら撫で続ける。夫はそれを横目に見ながら、コーヒーを淹れる。私はそのコーヒーの香りを嗅ぎながら、ああ今日も一日が始まったな、と思う。
ペットの食事のことを真剣に考えるようになったのは、クルミが三歳を過ぎたころだった。それまでは市販のドライフードを何となく選んでいたけれど、かかりつけの獣医師に「食事が体をつくる土台になります」と言われてから、少しずつ見直すようになった。今は「ナチュラルボウル」というブランドのフードをメインにして、週に二回ほど茹でた鶏ささみや野菜を混ぜた手作りトッピングをしている。最初に手作りトッピングを試みたとき、私はうっかり玉ねぎを入れそうになって娘に「ダメだよ!」と叱られた。完全に正しいツッコミだった。
ペットの体調管理もまた、家族全員で取り組むことになった。毎月の体重チェック、定期的なワクチン接種、そして毎日の歯磨き。歯磨きは正直なところ、最初の三ヶ月は毎晩格闘だった。クルミは歯ブラシを見るたびにソファの裏に逃げ込んで、家族全員が総出で追いかける羽目になった。今はおとなしく口を開けてくれるようになったけれど、あの追いかけっこの日々も、思い返せばそれはそれで家族の記憶になっている。
夏になると、ペットの体調管理はいっそう気を使う。気温が上がってくると、クルミの水飲みの量を毎日チェックするようにしている。散歩の時間帯も、午前中の早い時間か夕方の日が落ちてからに変えた。アスファルトの熱が肉球に伝わらないよう、手の甲で地面の温度を確かめてから歩き出す。この習慣は夫が始めたことで、今では家族全員が当たり前のようにやっている。
子どもたちにとって、クルミとの生活は「命と向き合う練習」になっているのかもしれない。娘が小さいころ、私は実家で猫を飼っていた。その猫が体調を崩したとき、母がそっと撫で続けていた姿を今でも覚えている。あの温かさと少しの怖さが混じった感覚を、今の娘も感じているのだろうか。そう思うと、ペットとの生活は世代をまたいで何かを伝えていくものなのだと、しみじみ感じる。
夜、家族がそれぞれの部屋に引き上げた後、クルミはいつもリビングの私の足元で丸くなる。テレビの音も消えて、空調の低い音だけが聞こえる時間。クルミの体温がすねにじんわりと伝わってくる。その重さと温かさが、今日も一日終わったという合図になっている。
ペットとの生活は、にぎやかで、面倒で、愛おしい。食事ひとつ、体調の小さな変化ひとつを、家族みんなで気にかけながら過ごす日々。それが、うちの家族の物語の、いちばん大切な章になっている。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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