
秋の気配がようやく窓の外に降りてきた、九月の終わりの朝のことだった。いつもなら足元にまとわりついてくるはずの愛猫・ムギが、ソファの隅でじっと丸まったまま動かない。朝ごはんの缶詰を開ける音にも反応しない。その小さな異変が、ペットとの生活を送るなかで最も胸をざわつかせる瞬間のひとつだと、飼い主ならきっと知っている。
ムギはいつも、わたしが台所に立つと必ずついてくる。冷蔵庫の扉が開く音、フォークが皿に当たる金属音、そういった些細な音にも敏感に反応して、しっぽをぴんと立てながら近づいてくる子だった。だからこそ、その朝の静けさが怖かった。
愛犬や愛猫は本能的に体調不良を隠そうとする習性がある
、という話をどこかで読んだことがある。だからこそ、ふるまいの小さな変化を見逃してはいけない。食欲の低下、水を飲む量の変化、毛並みのつや、目の輝き。ペットとの生活を長く続けてきた人ほど、そういう「いつもと違う空気」を肌で感じ取れるようになっていく。
わたしはすぐにペット病院に電話をかけた。かかりつけの「みどり台動物クリニック」は、朝九時から診察を受け付けている。受付の方の声は落ち着いていて、「まず様子を教えてください」と優しく聞いてくれた。その声のトーンだけで、少し呼吸が楽になった気がした。
診察室で先生がムギを抱き上げたとき、ムギはわたしの方をじっと見た。怒っているのか、不安なのか、それとも「なんでこんなところに連れてきたの」とでも言いたいのか——たぶん最後の顔だったと思う(心の中で、ごめんね、でも必要なんだよ、とつぶやいた)。
検査の結果、軽度の胃腸炎だとわかった。大事には至らなかったけれど、もし発見が遅れていたらと思うと、背筋が冷たくなる。ペット病院を定期的に受診することの大切さを、そのとき改めて実感した。獣医師の先生からは「早めに連れてきてくれてよかった」と言われた。その一言が、どれほど救いになったか。
ペットとの生活において、医療費の問題は避けて通れない現実でもある。
ペットには公的な健康保険制度がないため、診療費は全額自己負担となる
。今回の通院は検査代も含めて数万円になった。ペット保険に入っていたおかげで、その大部分が補償された。
ペット保険とは、ペットの病気やケガの治療費の一部を補償してくれる保険で、通院や入院、手術に関する治療費が補償対象だ
。もしあの日、保険に入っていなかったら——と考えると、加入しておいて本当によかったと思う。
ペット保険を選ぶとき、最初はどれも似たように見えて迷った。
ペット保険には治療区分の補償範囲、病気やケガの補償範囲、補償割合があり、ペットに合った保険選びが大切だ
。通院だけを補償するプランもあれば、入院・手術まで幅広くカバーするものもある。ムギがまだ若かった頃に加入しておいたことが、今回こうして役に立った。
帰り道、ムギをキャリーバッグに入れて抱えながら、秋風が頬をなでた。金木犀の香りがどこからか漂ってきて、ああ、もう九月の終わりなんだな、と思った。ムギがキャリーの中でくぅ、と小さく鳴いた。その声がいつもより少しかすれていて、それでも確かに生きている声で、胸の奥がじんわりと温かくなった。
子どもの頃、実家で飼っていた犬が病気になったとき、父が夜中に動物病院へ車を走らせた記憶がある。わたしは後部座席で毛布にくるまりながら、暗い道路を眺めていた。あの夜の父の背中と、ハンドルを握る手の緊張が、今でも忘れられない。ペットのために必死になることは、愛情そのものだと思う。
ペットとの生活は、喜びばかりではない。病気の不安、医療費の心配、そして「もっと早く気づいてあげられたら」という後悔。でも、だからこそ日々の観察を丁寧に続け、かかりつけのペット病院を持ち、ペット保険で万が一に備えておくことが、飼い主としてできる最善のひとつなのかもしれない。
ムギはその夜、久しぶりにごはんを少し食べた。空になった器をじっと見つめてから、わたしの足元にすり寄ってきた。その温もりが、何よりの答えだった。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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