
梅雨の走りのような夕方だった。六月の空は灰色に濁り、湿った風が自転車のスポークを鳴らしていた。残業を終えて最寄り駅から歩くこと十二分。靴の中がじんわりと蒸れて、肩に食い込むバッグのベルトが妙に重い。そんな帰り道、頭の中でぼんやりと浮かぶのは、部屋のドアを開けた瞬間のことだ。
玄関の鍵を回すと、廊下の奥からかすかな音がする。爪が床を叩く、あの独特のリズム。トイプードルのムギは、どうやら靴音で私の帰宅を察知しているらしく、ドアが開く前からすでに助走を始めているようだった。扉を引いた瞬間、温かい空気と、微かにシャンプーの残り香が混じったような室内の匂いが鼻をくすぐる。そしてムギが、全身で「待ってたよ」を表現しながら飛び込んでくる。
犬が飼い主の帰宅時に見せるあの全身での喜びは、「離れていた寂しさと再会への喜び」「おりこうで待っていたことを褒めてほしい気持ち」が入り混じったものだという。
そう聞いてから、ムギの出迎えがなんだかもっと愛おしくなった。
一人暮らしを始めてから三年が経つ。最初の一年は、仕事から帰っても誰もいない静けさに、どこか心が細くなる感覚があった。冷蔵庫の音だけが響く夜は、思っていたより長かった。ペットとの生活を始めたのは、そんな冬の終わりのことだ。
ペットを飼うようになってどんな変化があったかを聞いたアンケートによると、「癒される」と答えた人が約7割、「楽しい」という変化も4割近くの人が実感している。
その数字は、今の私にはとてもよくわかる。ムギが来てから、帰宅が「楽しみ」になった。それだけで、一日の重さがずいぶん変わった。
ペットを飼うと、自然と規則正しい生活が身につく。犬は朝晩の散歩が必要なため早起きが習慣になり、一人暮らしでは不規則になりがちな生活にメリハリが加わる。
実際、以前は休日に昼過ぎまで布団の中にいることも多かったが、今は七時前には起きている。ムギが枕元で鼻をくっつけてくるから、というのが正直なところだけれど。
ある朝、散歩から帰ってきたムギにタオルで足を拭いていると、彼はおとなしくされるがままだった。ところが最後の一本、右後ろ足だけを頑固に引っ込めて譲らない。何度やっても同じ。結局その日は三分間、私と一匹の無言の攻防が続いた。(心の中で「そこが一番泥だらけなんだけどな」とツッコんだのは、言わないでおく。)
夜になると、部屋のトーンが変わる。インテリアショップ「ノルテリア」で買ったウォームベージュのソファに、ムギが丸まって寝息を立て始める頃、私はハーブティーを淹れる。湯気が細く立ち上り、カモミールとレモングラスが混ざった香りが部屋に広がる。その静けさは、一人暮らしの孤独とはまったく違う質感を持っている。誰かがそこにいる、という安心感だ。
単身世帯の増加とともに孤独感を感じる人々が増えるなか、ペットは孤独感を解消してくれる存在として重要な役割を果たしている。
それは統計や調査の言葉だけれど、こうして夜のソファでムギの寝息を聞いていると、その言葉が体温を持って伝わってくる気がする。
子どもの頃、実家では柴犬を飼っていた。名前はコタロウ。学校から帰ると庭で吠えながら走り回っていて、玄関を開けるたびに「帰ってきたよ」と伝えたくなった。あの感覚が、今ムギとの暮らしの中に静かに戻ってきている。
一人暮らしでペットを迎えることは、毎日の生活に「癒し」や「楽しみ」という大きなプラスをもたらす。
それは本当のことだと思う。ただ同時に、ペットとの生活は責任でもある。ムギのごはんの時間、散歩のルーティン、体調の変化に気づくこと。それらは面倒ではなく、むしろ一日に小さな目的を与えてくれる。
梅雨の夜、窓の外でまた雨が降り始めた。ムギはソファの端で、少しだけ体をずらして私に寄り添う。毛並みの温かさが腕に伝わってくる。この感触が、今日一日の疲れをゆっくりと溶かしていく。
ペットとの生活は、暮らしを変える。一人暮らしの部屋に、帰る理由をくれる。それはきっと、数字では測れないものだ。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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