
うちにミルクが来たのは去年の4月だった。
犬を飼うなんて、正直そんなに乗り気じゃなかったんだよね。世話が大変そうだし、旅行にも行けなくなるし。でも妻と娘が「絶対飼いたい」って譲らなくて、僕だけ反対してても仕方ないかなって。息子は当時まだ小学3年生で、「犬ってご飯何食べるの?」とか聞いてくる始末。この子、大丈夫かなって思ってたけど。
ミルクって名前は娘が付けた。白い柴犬だから安直すぎるだろって突っ込んだら、「パパのセンスよりマシ」って言われて、ぐうの音も出なかった。確かに僕が提案した「ハチ」は却下されて当然だったかもしれない。
最初の一週間は地獄だった。夜中に遠吠えするし、トイレは覚えないし、スリッパは噛むし。朝5時に起こされて散歩に行く日々が始まって、「こんなはずじゃなかった」って何度思ったか分からない。妻は「あなたが一番反対してたのにね」って笑ってたけど、結局世話してるの僕じゃんって。でもあの頃の苦労が、今思えば家族の距離を縮めた気がする。
娘は学校から帰ってくると真っ先にミルクのところに行くようになった。以前は部屋に直行してスマホいじってたのに。「今日ね、数学のテストで80点取れたんだよ」ってミルクに話しかけてる姿を見て、ああこの子、私たちには言わないんだなって少し寂しくなったりもしたけど。
息子の変化はもっと劇的だった。
この子、人見知りが激しくて友達も少なかったんだけど、ミルクの散歩を通じて近所の犬仲間ができたんだよね。公園で「その犬、何歳ですか?」って話しかけられるようになって、最初は僕や妻が対応してたんだけど、いつの間にか息子が自分で答えられるようになってた。「ミルクは1歳で、好きな食べ物はサツマイモで、散歩は朝と夕方の2回で…」って。コミュニケーション能力、確実に上がってる。
そういえば先月、家族でペット用品店の「わんわんパラダイス」に行ったときのことなんだけど。新しい首輪を選んでたら、家族4人で30分も議論してた。「赤が似合う」「いや青のほうが目立つ」「そもそも首輪よりハーネスのほうが」って。店員さんが困った顔してたけど、僕たちはめちゃくちゃ楽しかった。こんなに家族で一つのことについて話し合ったの、いつぶりだろう。
週末の朝、リビングに集まる時間が増えた。以前はみんなバラバラに起きて、バラバラに朝食を取ってたのに。今は誰かがミルクに餌をあげて、その様子をみんなで眺めながら「今日は食欲あるね」とか「昨日より水飲んでる」とか、どうでもいいことを話してる。妻が淹れるコーヒーの香りと、ミルクがカリカリを食べる音と、娘の寝起きの「おはよー」が混ざり合う時間。
夕方の散歩当番は一応ローテーション制にしてるんだけど、結局みんなで行くことが多い。「今日は僕の番だから」って言っても、「ちょっと付き合おうかな」って誰かが付いてくる。で、公園のベンチに座って、ミルクが他の犬と遊んでるのを見ながら、学校のこととか仕事のこととか、なんとなく話す。
特別なことを話すわけじゃないんだけどね。
妻は「ミルクがいなかったら、こんなに家族で過ごす時間なかったかもね」って言う。確かにそうかもしれない。以前は夕食後、それぞれが自分の部屋に戻ってたけど、今はリビングでミルクを囲んで過ごすことが増えた。娘はミルクの写真を撮りまくってるし、息子はミルクに芸を教えようとしてるし、妻はミルク用のおやつを手作りしてるし。僕? 僕はただ、その光景を眺めてる。たまにミルクの頭を撫でながら。
最初は面倒だと思ってた世話も、今では悪くないって思えるようになった。朝の散歩で見る空の色とか、季節の変わり目の空気の冷たさとか、そういうのに気づけるようになった…だけど。
ペットを飼うって、こういうことなのかもね。家族に新しい話題を与えてくれる存在。まあ、来週の動物病院の予約、誰が連れて行くかでまた揉めそうだけど。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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