
うちに犬が来たのは、娘が4歳の秋だった。
それまで私は正直、ペットを飼うことにそこまで積極的じゃなかった。世話が大変とか、お金がかかるとか、そういう現実的な理由もあったけど、一番は「子供がちゃんと面倒見られるのか」っていう疑問だった。でも結局、夫と娘の熱意に押し切られる形で、小さな柴犬を迎え入れることになった。名前はモカ。娘が決めた名前で、理由は「茶色いから」というシンプルすぎるもの…だけど。
最初の数週間は予想通り大変だった。トイレの失敗、夜中の鳴き声、噛み癖。私が一人で世話をする場面も多くて、「ほら、やっぱりね」って心の中で毒づいてた。娘は最初こそ興味津々で触ろうとしてたけど、モカが興奮して飛びついてくると怖がって逃げ出すし、散歩も「疲れた」って途中で帰りたがる。理想と現実の差に、私も娘も戸惑ってた時期だと思う。
でも変化は、ある朝突然訪れた。
娘が幼稚園から帰ってきて、いつものようにリビングに入ると、モカが尻尾を振りながら駆け寄ってきた。その日、娘は幼稚園で友達とケンカしたらしく、目を赤くして帰ってきてたんだけど、モカの前にしゃがみこんで、ぎゅっと抱きしめたまま動かなくなった。私は台所から様子を見てたんだけど、娘の小さな背中が震えてるのが分かって、声をかけるべきか迷った。モカは最初きょとんとしてたけど、やがて娘の顔をぺろぺろ舐め始めて、娘はくすぐったそうに笑い出した。その笑顔を見た瞬間、ああ、この子たちは友達になったんだなって思った。
それからというもの、娘とモカの距離は急速に縮まっていった。朝起きると真っ先にモカのケージに向かうようになったし、ご飯をあげるのも自分の役目だと主張するようになった。最初は餌をこぼしまくって、床が餌だらけになることもしょっちゅうだったけど、そのうち慣れてきて、今では私より手際がいいくらい。散歩も「モカが寂しがってる」って自分から行きたがるようになって、雨の日でも長靴履いて張り切ってる。
面白いのは、娘の友達が遊びに来たときの反応。最初はみんなモカを怖がったり、遠くから眺めるだけだったりするんだけど、娘が自然にモカと接してる姿を見ると、だんだん興味を持ち始める。「どうやって触るの?」「噛まない?」って質問攻めにあって、娘は得意げに「こうやって優しく触るんだよ」「急に動いたらびっくりするから、ゆっくりね」って教えてる。その姿を見てると、いつの間にこんなに頼もしくなったんだろうって、親バカだけど感動する。
そういえば、去年の夏に家族で海に行ったとき、娘が「モカも連れて行きたかった」ってずっと言ってたな。ペット可の宿を探したんだけど、予算の関係で断念して、結局モカは義母に預けることになった。旅行中も娘は何度も「モカ、寂しがってないかな」「ちゃんとご飯食べてるかな」って心配してて、帰りの車の中では「早くモカに会いたい」って落ち着かない様子だった。家に着いた瞬間、玄関のドアも開ききらないうちに飛び出して、モカに抱きついてた姿は今でも忘れられない。
ペットと暮らすことで、子供が学ぶことって想像以上に多い。責任感とか、思いやりとか、命の大切さとか、そういう教科書的なことももちろんあるんだけど、それ以上に「言葉が通じない相手とコミュニケーションを取る」っていう経験が大きいと思う。モカは言葉を話さないから、娘は表情や仕草から気持ちを読み取ろうとする。尻尾の振り方、耳の向き、鳴き声のトーン。そういう細かいサインに気づけるようになってから、娘は人の表情を読むのも上手になった気がする。
今、娘は小学2年生になった。モカも4歳。人間でいうと30代くらいらしい。朝は娘が学校に行く準備をしてる間、モカはリビングでおとなしく待ってて、娘が玄関に向かうと必ず見送りに来る。帰宅時間になるとソワソワし始めて、ドアの音がすると飛んでいく。その光景を毎日見てると、この二人は本当に特別な関係なんだなって実感する。
ペットを飼うって、確かに大変なこともたくさんある。お金も時間もかかるし、旅行の計画も制限される。でも、娘の成長を見てると、モカがいてくれて本当に良かったって心から思う。言葉にするのは難しいけど、娘の目には以前より優しさが宿ってるし、誰かを大切にする気持ちが自然と育ってる。
別に教育のためにペットを飼ったわけじゃないし、結果論でしかないんだけどね。ただ、リビングで二人が寄り添って昼寝してる姿を見ると、この景色がずっと続けばいいなって思う。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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