
会社の最寄り駅を降りた瞬間から、もう足が勝手に早くなってる。
一人暮らしを始めて3年目の春、友人に半ば押し切られる形でハムスターを飼い始めた。「絶対癒されるから」って言われて、正直そこまで期待してなかったんだけど。名前はゴマ。理由は見た目が茶色と白のまだら模様だったから。安直すぎて我ながら笑えるネーミングセンスだと思うけど、呼んでるうちに愛着が湧いてくるから不思議なもんで、今ではこの名前以外考えられない。
帰宅するのが楽しみになったのは、飼い始めて一週間も経たないうちだった。玄関のドアを開けると、ケージの中でカサカサ音がする。あの音を聞くと、ああ今日も一日終わったなって実感する。靴を脱ぎながら「ただいま」って声をかけると、ゴマが回し車から降りてこっちを見てる気がするんだよね。気がするだけかもしれないけど、そう思いたい。
仕事で嫌なことがあった日は特に、ゴマの存在がありがたい。上司に理不尽なことを言われても、取引先とのやりとりでミスをしても、帰ればゴマがいる。ケージの掃除をしながら、今日あったことを一方的に話しかけたりする。ゴマは当然何も答えないし、ひまわりの種をほお袋に詰め込むのに夢中なんだけど、それがいい。アドバイスとか励ましとか、そういうのじゃなくて、ただそこにいてくれるだけで十分だったりする。
そういえば前に、会社の同僚がペット用のカメラを導入したって話してたな。外出先からスマホで様子が見られるやつ。「ペットウォッチャープラス」とかいう商品名だった気がする。一瞬欲しいと思ったけど、ハムスターの昼間なんてほぼ寝てるだけだし、結局買わなかった。あれ、犬とか猫向けなんだろうな。
休日の朝、いつもより遅く起きてカーテンを開けると、部屋に柔らかい光が差し込んでくる。その光の中でゴマのケージを覗き込むのが好きだ。木くずの匂いと、ほんのりとしたペット特有の獣臭。最初は気になったその匂いも、今では家の匂いとして馴染んでる。ゴマは巣箱の中で丸まって寝てることが多いけど、たまに起きてて、小さな手で顔を洗ってる姿を見ると、なんだか微笑ましくなる。
一人暮らしって自由でいいんだけど、同時に誰も待ってない部屋に帰るのは思ってたより寂しかったんだよね。自炊する気力もなくて、コンビニ弁当を一人で食べて、テレビつけて、スマホいじって寝る。そんな日々の繰り返しだった。ゴマが来てから、少なくとも帰る理由ができた。餌をあげなきゃいけないし、水も替えなきゃいけない。世話をするって、責任が発生するってことで、最初は少し重荷に感じることもあったけど、今はそれが生活のリズムを作ってくれてる。
夜の11時過ぎ、残業から帰ってきた時のこと。部屋の電気をつけると、ゴマが回し車で全力疾走してた。キィキィって音が響いてて、近所迷惑じゃないかとヒヤヒヤしたんだけど、そのひたむきに走る姿がおかしくて笑ってしまった。ハムスターって夜行性だから、こっちが疲れて帰ってきた時間が彼らの活動時間なんだよね。温度差がすごい。こっちはクタクタなのに、向こうは元気いっぱい。
ペットがいるからって、劇的に人生が変わるわけじゃない。相変わらず仕事は忙しいし、人間関係のストレスもある。でも帰る場所に誰かがいるって、それだけで少し違う。ゴマは言葉を話さないし、抱きしめても逃げようとするし、たまに噛まれたりもする。
それでも、やっぱり帰りたくなるんだよね、あの部屋に。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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