
四月の朝は、やわらかい。カーテン越しに差し込む光がフローリングの上に白い四角を描いていた、あの日のことを今でもよく覚えている。いつもなら足元にすり寄ってくる猫のムギが、その朝だけはこたつの端でじっとしていた。ごはんにも近づかず、呼んでも顔だけをこちらに向けて、またゆっくりと目を閉じる。その小さな仕草が、なんとなく胸に引っかかった。
「気のせいかな」と思いながらも、触れてみると体が少し熱い。ペットとの生活を始めて三年、こんなに静かなムギを見たのは初めてだった。
急いで近所の「さくら台どうぶつ病院」に電話をかけた。診察の予約を取りながら、声が少し震えていたのは自分でも気づいていた。ペット病院の待合室は、いつも独特のにおいがする。消毒液と、動物の体温と、飼い主たちの緊張が混じり合ったような空気。ムギをキャリーバッグに入れて抱えながら、私は子どもの頃に飼っていたハムスターが弱ったときのことを思い出していた。あのとき何もできなかった後悔が、じわりと蘇ってくる。
診察の結果は「軽度の胃腸炎」だった。点滴と薬で数日で回復するだろうとのこと。ほっとした瞬間、膝の力が抜けそうになった。先生に「早めに連れてきてくれて正解でした」と言われたとき、思わずムギのキャリーバッグをぎゅっと握りしめた——中でムギがくしゃみをして、なんとも間の抜けた空気が流れたけれど、それがかえって救いだった。
ペット病院から帰る道、春の風が少しだけ温かかった。桜がもう散りはじめていて、アスファルトの上に花びらが薄く積もっていた。あの光景と、手のひらに残るキャリーバッグの重さは、今でも妙にリアルに思い出せる。
家に帰ってから、ふとペット保険のことを調べ直した。実は加入していたものの、詳細をほとんど確認していなかった。
ペットには人間の健康保険のような制度がなく、病院に連れていくと診療費は自由診療で全額自己負担になる。
それを改めて実感したのは、今回の診察費の明細を見たときだった。軽い胃腸炎でも、点滴・検査・薬を含めると思ったよりずっと高い数字が並んでいた。
ペットの病気やケガの状態によっては、数日間の入院が必要になることもあり、入院費用に投薬代などが加わると総額で数万円になることもある。
今回はそこまでいかなかったが、もし手術が必要な状態だったら——そう考えると、背筋が少し冷えた。
手術や長期の入院、抗がん剤といった高度治療になると、医療費がかなりの高額になるケースも珍しくない。
ペット保険は、ペットが一度病気になってしまうと加入できない場合や、条件付きの加入となる場合もあるため、早めに検討するほうがよい。
今回ムギが元気なうちに加入しておいてよかったと、心から思った。
ペット保険で補償されるのは加入後に発症した傷病であり、元気で健康なうちの加入が推奨されている。
ペットとの生活は、日々のあたたかさと同時に、こういう緊張の瞬間も含まれている。ムギが薬を飲まされるたびに不満そうな顔をして、それでも翌日には少しずつごはんを食べるようになって、三日後にはまた足元にすり寄ってきた。その柔らかい体温が足首に触れたとき、ようやく全部が終わったと感じた。
病気になってから慌てるのではなく、元気なうちに「もし」を考えておくこと。ペット病院との関係を日頃から作っておくこと。そしてペット保険という選択肢を、ちゃんと自分の言葉で理解しておくこと。それがペットとの生活を、もう少し安心なものにしてくれる。
春の光の中で丸くなって眠るムギを見ながら、私はそんなことをぼんやりと考えていた。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

コメント