ペットがいるから、家族はもっと仲良しになれる。

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五月の夕方は、不思議なほど空気がやわらかい。窓から差し込む西日がフローリングの上に細長い光の帯を作って、その真ん中にちょうどムギが丸くなっていた。我が家のトイプードル、ムギ。耳の毛がすこし伸びすぎていて、いつも片方だけぺたんと折れている。そのアンバランスさがなんともいえず愛おしくて、毎日見るたびに思わず笑ってしまう。

ペットとの生活を始めて、もうすぐ三年になる。最初は夫も「犬を飼うのは大変だよ」と及び腰だったのに、今や誰よりも早く帰宅してムギの散歩に出かけるのは彼だ。小学二年生の息子の颯太は、朝起きるとまずムギのもとへ駆け寄り、「おはよう」と言ってから私たちに挨拶する。順番が逆では、とは一度も言えていない。なんとなく正しい気がして。

思えば子どものころ、実家でも犬を飼っていた。名前はクロ、雑種の中型犬で、玄関先に繋がれていた。触ろうとするといつも全力で飛びかかってきて、何度か転ばされた記憶がある。あのころは「犬って怖いな」と思っていたのに、今では毎晩ムギの柔らかい毛に顔を埋めて深呼吸するのが習慣になっている。人は変わるものだ、とつくづく思う。

ムギがいちばん好きなのは、家族全員がリビングに集まっている時間らしい。颯太が宿題をしている隣でうとうとしていたかと思えば、夫がソファに腰を下ろした瞬間にぱっと目を開けて駆け寄っていく。その素早さたるや、居眠りしていたとは思えないほどで、内心「さっきまで爆睡してたじゃないか」と軽くツッコミを入れてしまった。

夕食の後、颯太がムギにおやつを渡す時間がある。ムギはお座りをして、颯太の手のひらからそっとおやつを受け取る。その仕草がとても丁寧で、颯太はいつも「ムギ、えらいね」と言いながら頭を撫でる。二人の間に流れる空気は穏やかで、親の私が口を挟む余地もない。

ペットとの生活は、家族の時間の使い方を変えてくれた。以前はそれぞれがスマートフォンを眺めて過ごしていた夜も、今はムギの散歩や遊びを中心に動いている。近所の「ハナモリ公園」まで歩く夕方の散歩は、いつの間にか家族の日課になった。五月の風が草の匂いを運んでくる道を、三人とムギで並んで歩く。颯太がムギのリードを持ち、夫が颯太の手を引く。私はその少し後ろを歩きながら、前を行く三つの背中と一匹のシルエットを眺めている。こういう時間が、一日のいちばん好きな景色だと気づいたのは、ペットを迎えてからのことだ。

ムギのご飯は、インテリア雑貨ブランド「ノルテリア」のセラミックボウルで出している。白地に小さな波模様が入っていて、キッチンに置いてあるだけで絵になる。ムギはそのボウルの前で毎朝ちょこんと座って待っている。ご飯の香りが漂い始めると、鼻をひくひくさせながら視線だけをこちらに向けてくる。その表情があまりにも真剣で、思わず急いでしまう。

家族が仲良しでいられるのは、ムギがいるからだと思っている。誰かが疲れて帰ってきた日も、ムギがしっぽを振って出迎えてくれる。颯太が学校で嫌なことがあった日、夕食の席では何も話さなかったのに、夜にムギと並んで横になりながらぽつりぽつりと話してくれた。ペットというのは、言葉を持たないのに、家族の間にある小さな隙間を埋めてくれる存在なのかもしれない。

仲良しというのは、努力して保つものだと思っていた時期がある。でも今は少し違う気がしている。ムギがいて、散歩があって、おやつの時間があって、夕暮れに並んで歩く道がある。そういう積み重ねの中に、自然と仲良しが育っていく。ペットとの生活は、そのことを静かに教えてくれている。

組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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