
五月の朝は、思いのほか早く明ける。
午前六時を少し回ったころ、カーテンの隙間から差し込む光がやわらかく部屋を満たして、その光の帯の中でムギ(三歳のビーグル)がぐうっと体を伸ばした。今日は旅に出る日だ。
ペットとの生活が、こんなにも「移動」と結びつくようになったのはいつごろからだろう。
愛犬を家族の一員と捉える価値観の広がりとともに、ペットツーリズムは年々市場を拡大しており、「旅行や外出にもわんちゃんを連れて行きたい」というニーズが強く表れている。
実際、
愛犬との旅行に関する意識調査によると、約84%の飼い主が旅行時に自家用車を利用すると回答している。
その数字を聞いたとき、なんとなく納得してしまった。電車でも新幹線でもなく、車が選ばれるのには理由がある。
車内には飼い主や家族のにおいが染みついており、愛犬にとって「知っていて安心できる空間」になる。
吠えても、少々騒いでも、周囲に気を遣わなくていい。それだけで、旅の気持ちはずいぶん軽くなる。
出発前、ムギをクレートに乗せる前に、後部座席に敷いた「ポーラーコットン」社製のドライブマットを確認した。これは去年の秋、長野への旅の帰り道に立ち寄ったペット用品店で見つけたもので、表面がひんやりとした感触で、毛の多い犬でも蒸れにくい。ムギはこのマットの上でだいたい一時間ほど眠る。それが分かってから、長距離移動がずいぶん楽になった。
車に犬を乗せる際の基本的な注意点は、車内で自由に動ける乗せ方をしないこと。クレートやキャリーバッグなどを使って、安全な場所にシートベルトなどで固定することが大切だ。
これは最初の旅のとき、知人に言われて以来ずっと守っている。急ブレーキのとき、固定していなければどうなるか——想像するだけで手が震える。
高速道路に乗ってしばらくすると、ムギが鼻をひくひくさせながら窓の外を眺めはじめた。嗅覚の鋭い犬には、走行中の車外の空気でさえ情報の洪水なのかもしれない。ただし、
人間にはさほど感じない車の芳香剤や消臭剤、ガソリンのにおいも、嗅覚に優れた犬にとっては強い刺激になる。
だから車内の芳香剤は使わない。換気はこまめに。これも長距離移動で学んだことのひとつだ。
一時間半ほど走ったところで、ドッグラン併設のサービスエリアに立ち寄った。
愛犬との長距離移動では、高速道路のドッグランを活用し、一時間半に一回ほど走らせてあげるのがおすすめだ。
駐車場から降りたムギは、アスファルトのにおいを確かめるように鼻を地面に押しつけ、それからぶるっと体を震わせた。五月の風がすこし肌寒かった。
ここで少し失敗談を。旅の三回目あたりまで、わたしはリードを後部座席に置きっぱなしにしていた。降車するたびにムギを抱えたまま後部座席を漁り、ようやくリードを見つけるという謎のルーティンを繰り返していた。
小型犬に多いのが、玄関から車まで抱っこをして連れて行き、リードや首輪、ハーネスを忘れてしまうケース。
まさにそれ。今はリードをドアポケットに入れることにしている。ちなみにムギは毎回、わたしがリードを探している間、じっとこちらを見つめていた。「早くしろ」という目で。
真夏の時期はもちろん、春先や秋口であっても、エンジンを止めた際の車内温度は一気に上昇するため注意が必要だ。
五月といえど油断は禁物で、駐車中は必ずエアコンをかけるか、日陰を選ぶようにしている。ペットとの生活においては、こういった細かい積み重ねが安心をつくる。
ドッグランやわんちゃん用の施設を利用するときには、一年以内の狂犬病予防接種証明書と混合ワクチン接種証明書が必要不可欠だ。
これを忘れると施設を利用できないだけでなく、現地の病院やお店でも入手が難しい。出発前日の夜、わたしはこの確認だけは必ずする。旅のチェックリストの一番上に書いてある。
午後三時を過ぎたころ、目的地の宿が近づいてきた。山のにおいが車内にまぎれこんでくる。ムギがむくりと起き上がって、窓に鼻を押しつけた。その横顔を横目で見ながら、この旅を一緒に来てよかったと思う。
車での移動は慣れてきても少なからずストレスを与えてしまうかもしれないが、きっと愛犬も一緒に行動するということに喜びを感じてくれているはずだ。
そう信じながら、わたしはハンドルを握り続ける。注意することは多い。でも、それ以上に、隣に温かい命がいる。ペットとの生活は、移動の中にも宿っている。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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