
梅雨の合間に、ふと空が晴れた朝だった。前日まで続いていた雨の匂いがまだ少し残る駐車場で、助手席のムギ(ミックス犬、推定4歳)はすでに準備万端とばかりに、後部座席のクレートへ自分から飛び込んでいた。こちらがまだシートベルトも締めていないのに。
ペットとの生活を始めてから、旅の景色がまるごと変わった。行き先よりも「どう行くか」を先に考えるようになったし、サービスエリアの選び方まで変わった。ドッグランのあるPAを地図アプリでチェックして、2時間おきに休憩を挟む。それが今の旅のリズムだ。
今回は自宅のある神奈川から、長野の山あいにある小さな宿「ノースリッジ・ハウス」を目指す旅。片道およそ250キロ。ムギにとっては、これまでで一番の長距離移動になる。
出発前には、いくつか注意することがある。まず食事は乗車の2〜3時間前に済ませておくこと。
食後すぐや空腹時の乗車は人間でも車酔いしやすく、それは犬も同じ。
ムギはそこまで車酔いするタイプではないけれど、念のため軽い散歩もしてからドアを開けた。クレートの底にはトイレシーツを一枚。これだけで、なんとなく安心感が違う。
高速に乗って1時間ほど経つと、車内の空気が少しずつ落ち着いてくる。後ろを振り返ると、ムギが前足を揃えてうつらうつらしていた。目が半分閉じかけていて、でも耳だけはピンと立っている。あの「寝たいけど警戒はやめない」という表情が、なんとも愛おしい。
人間にとっては快適なドライブでも、ペットにとっては揺れやニオイ、見知らぬ景色が大きなストレスになることがある。
だからこそ、車内の温度管理には気を配っている。
犬の適温の目安は21〜25℃。クレートの中は熱がこもりやすいので、こまめに様子を確認しながら空気の流れを調節するのが基本だ。
窓から差し込む光が強くなってきたら、サンシェードを引く。それだけで、後部座席の温度がずいぶん変わる。
双葉SAに立ち寄ったのは、出発から約2時間後。ドッグランのフェンスを開けた瞬間、ムギは一目散に走り出した。さっきまでうとうとしていたのはどこへやら、という勢いで。芝の青い匂い、遠くの山の稜線、風に乗ってくる誰かのコーヒーの香り。そういうものを全身で受け取りながら、ムギは何周もぐるぐると走り続けた。こちらはベンチに座って、その背中をただ眺めていた。
ペットとの生活は、こういう「何もしない時間」を肯定してくれる。目的地に急ぐより、今ここで犬が喜んでいることのほうが、ずっと大事に思えてくる。
愛犬を家族の一員と捉える価値観が広がり、「旅行にも一緒に連れて行きたい」というニーズが年々強くなっている。
それはデータの話だけれど、自分の気持ちにも確かに重なる。
再び車に戻り、中央道を北へ。トンネルを抜けるたびに光の色が変わって、山が近づいてくる感覚がある。後部座席では、ムギがようやく本格的に眠り始めていた。今度は耳まで倒れている。完全に信頼しきった寝顔だ。
長距離移動で気をつけることは、実はそれほど複雑ではない。
車酔いを防ぐには、強すぎる芳香剤やドライブ直前の食事を避け、できるだけ穏やかな運転を心がけること。
そして、
停車中の車内は気温が上がりやすく、熱中症を引き起こす危険性があるため、たとえ短い時間でも犬をひとりにしないこと。
これを守るだけで、旅の安心感はぐっと増す。
目的地の「ノースリッジ・ハウス」に着いたのは、午後3時を少し回った頃。標高が上がるにつれて空気がひんやりと変わり、車のドアを開けた瞬間、ムギは鼻をひくひくさせながら外の世界を確かめていた。初めての場所の匂いを、丁寧に、丁寧に。
旅の疲れより、旅の余韻のほうがずっと長く続く。それはきっと、ムギも同じだと思う。次はどこへ行こうか。そんなことを考えながら、今夜の宿のドアを開けた。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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