ペットと育つ、子供の成長記録——毛並みのやわらかさが教えてくれたこと

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七月の朝は、思っていたよりずっと早く始まる。まだカーテンの隙間から白い光が細く差し込むだけの時間に、娘の咲良(さくら)はもう起きていた。目的は明確だ。リビングで丸まって眠っている、我が家のトイプードル「むぎ」のそばに、そっと忍び寄ること。

咲良が三歳のとき、むぎが我が家にやってきた。アプリコット色の毛並みと、ころころした黒い瞳。最初の夜、咲良はむぎのケージの前に正座して、ひたすら見つめていた。触れていいのかわからなくて、ただじっと。そのときの表情が、今も頭から離れない。

ペットとの生活が始まってから、子供の変化というのは本当に静かに、でも確実に積み重なっていく。最初は怖がって触れなかった咲良が、いつの間にかむぎの背中に顔を埋めて昼寝をするようになった。あの毛並みの感触——指の腹に伝わる、ふわふわとした、少しだけ温度を持った柔らかさ——は、大人になっても忘れられないものになるだろうと思う。

むぎとのふれあいの中で、咲良はいくつかのことを学んだ。力加減、というのがその筆頭だ。「強く触ったらむぎが嫌がる」という事実を、言葉ではなく体で覚えていった。むぎがそっと顔をそむけるとき、咲良はしばらく考えてから、今度は指先でなでるように触れ直す。その一連の動作が、五歳の子供のものとは思えないほど丁寧だった。

子供の成長とは、こういう小さな気づきの積み重ねなのかもしれない。教科書には載っていない、でも確かに身体に刻まれていくもの。わたし自身、子供のころ実家で飼っていた柴犬のことを思い出す。名前はクロ。散歩の途中で急に座り込んで動かなくなるくせがあって、当時は「なんで歩かないの!」と本気で怒っていた。今思えば、あれはクロなりの主張だったのだろう。当時のわたしには、まだその言葉が聞こえていなかった。

咲良はわたしより少し早く、むぎの言葉を覚えた気がする。

ペットとの生活を続けていると、家の中の空気感が変わる。朝のむぎの散歩から帰ってきたとき、玄関を開けた瞬間に漂う、ほんのりと獣っぽい温かい匂い。それがいつの間にか「ただいま」の合図になっていた。咲良は靴を脱ぐ前に「むぎ、おかえり」と言う。主語が逆ではないかとも思うが、まあそれはそれとして。(心の中でそっとツッコミを入れつつ、わたしはいつも笑ってしまう。)

夕暮れどき、縁側に腰を下ろして麦茶を飲んでいると、むぎと咲良が並んで庭の虫を眺めていることがある。二人の背中が、同じくらいの高さで揺れている。その光景を見るたびに、何かが胸の奥でゆっくり動く感覚がある。言葉にするのが難しい、でも確かにそこにある何か。

インテリアブランド「ハコモリ」のリネンクッションをむぎが気に入って占領してしまったとき、咲良が「むぎのだもん」と言い切ったのも、今では笑い話だ。三千円のクッションは、完全にむぎのものになった。

子供の成長は、ペットとのふれあいを通じてより立体的になっていくと感じる。責任感、共感、そして「自分とは違う存在を大切にする」という感覚。それは親が言葉で教えようとしても、なかなか届かないものだ。むぎが咲良の隣で静かに呼吸しているだけで、何かが伝わっていく。

七月の朝、また咲良がむぎのそばに座っていた。今日は絵本を持ってきて、むぎに向かって読み聞かせている。むぎは目を細めて、うとうとしながら聞いている。咲良は途中でページをめくるのを止めて、むぎの耳をそっと触った。

「やわらかい」と、咲良がつぶやいた。

その一言が、今朝いちばん大切な言葉だったと思う。

組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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