ペットが病気になった夜、私がいちばん後悔したこと

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六月のはじめ、梅雨入り前のまだ少し湿った空気が窓から滑り込んでくる夜のことだった。いつもならソファの端でまるくなって眠っているはずの愛猫・むぎが、珍しくごはんに口をつけなかった。においを嗅いで、ふい、と顔をそらす。そのたった一度の仕草が、胸の奥に小さな棘を刺した。

ペットとの生活は、日々のなかに溶け込んでいる。朝、布団の上に乗ってくる重さ。帰宅したときに玄関まで迎えに来る足音。夜、テレビをつけながら飲む白湯の横で、ちょこんと座っている背中。それが当たり前になりすぎて、「いつもと違う」に気づくのが遅れてしまうことがある。むぎがごはんを残したのは、あの夜が初めてではなかった。でも私はそれを、「気まぐれ」と片づけていた。

翌朝、むぎはぐったりと横になったまま動かなかった。触れると体がほんのり熱い。毛並みの奥から伝わってくる熱は、いつもの温もりとは明らかに違う質感で、手のひらに不安が広がった。すぐにキャリーバッグを取り出し、近所のペット病院へ向かった。診察室のひんやりしたステンレスの台の上で、むぎは小さく震えていた。先生の「軽い感染症ですね」という言葉に、ようやく肩の力が抜けた。

処方された薬を飲ませるのがまた一苦労で、錠剤をフードに混ぜてもしっかり薬だけ残してくる。「むぎ、なんでそこだけ分かるの」と心の中でひとりツッコみながら、最終的にはおやつに包んでなんとか飲ませることができた。ペットとはかくも賢く、そして手ごわい。

数日後、むぎは元気を取り戻した。けれど私の中には、別の後悔が残っていた。ペット保険に、まだ入っていなかったのだ。今回の診療費は数万円。決して安くはない金額だったが、それよりも「もし大きな病気だったら」と思うと、背筋が冷えた。
ペットが一度病気になると、ペット保険への加入が難しくなったり、条件付きになったりする可能性がある。なるべく健康なうちに検討するべきだ
、ということを、私は身をもって知った。
ペット保険とは、ペットが病気やケガをした時にかかる治療費の一部を補填するための保険で、加入していれば飼い主の経済的負担を減らすことができる。
頭では知っていた。でも、「うちの子はまだ若いから」と後回しにしていた。

ペット病院の帰り道、獣医師の先生がさらりと言った言葉が忘れられない。「ペットの病気は、早期発見がすべてですよ」。そのひと言は、診察室の消毒液のにおいと一緒に、今も記憶の中に残っている。むぎを抱えたキャリーバッグが、腕にずっしりとかかっていた。

私が子どもの頃、実家では柴犬を飼っていた。名前はコタロウ。病気になったとき、両親が深夜に動物病院へ走ったことがあった。あのときの玄関の灯りと、母の上着を慌てて羽織る背中を、なぜかよく覚えている。ペットが弱ると、家の空気ごと変わる。それを子ども心にも感じていた。

むぎが回復した週末、私はインテリア雑貨ブランド「フォリアージュノート」のキャットタワーを新調した。特に意味はない。ただ、元気になったむぎが思いきり爪を立てられる場所を作ってあげたかっただけだ。日当たりのいい窓際に置いたそのタワーに、むぎはすぐに飛び乗って、午後の光の中でうとうとしはじめた。その寝顔を見ながら、ようやくペット保険の資料を開いた。

ペットとの生活は、幸せと不安が隣り合わせにある。それでも、備えることで守れるものがある。むぎが教えてくれたのは、そういうことだったのかもしれない。

組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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