
玄関のドアを開けた瞬間、世界が少しだけ変わる。
七月の蒸し暑い夜、残業を終えてようやくたどり着いた1Kのアパート。鍵を差し込むとき、もうその音に反応しているのがわかる。ドアの向こうで、かすかに爪が床を叩く音がする。パタパタ、と。それだけで、肩の力が抜けた。
ミニチュアダックスフンドの「むぎ」を迎えたのは、去年の秋のことだ。一人暮らしを始めて三年、最初の二年は「自由でいい」と思っていた。誰に気を遣う必要もなく、食事も入浴も自分のペースで。でも気がつけば、帰宅しても電気をつけるのがなんとなく億劫で、コンビニ袋を提げたままソファに倒れ込む夜が増えていた。部屋に音がなかった。
むぎを迎えてから、帰り道が変わった。
電車の中でスマホを眺めながら、「今ごろ何してるかな」と思う。ペットとの生活がこんなにも「帰る理由」になるとは、正直思っていなかった。仕事でうまくいかなかった日も、会議で言葉が詰まった日も、玄関を開けた瞬間にむぎが全身でぶつかってくると、それだけでどうでもよくなってしまう。いや、正確には「どうでもよくなる」のではなく、「もう少し頑張れる気がしてくる」という感覚に近い。
子どもの頃、実家で飼っていた犬のことを思い出す。夕方になると決まって玄関の前に座っていた、あの茶色い柴犬。学校から帰ると必ず出迎えてくれた。あの温かさを、大人になって一人でまた手に入れるとは思っていなかった。
むぎとの一日は、朝の散歩から始まる。まだ薄明るい住宅街を、二匹で歩く。夏の朝でも、六時台はまだ空気がひんやりしていて、アスファルトに踏み出す足の裏に湿り気がある。むぎは草むらに鼻を押しつけて、何かを嗅ぎ続ける。何がそんなに気になるのか、こちらにはまるでわからない。でもその真剣な横顔を眺めていると、なんだか自分も今この瞬間だけに集中できる気がした。
夜の帰宅後は、むぎのごはんを用意しながら自分の夕食も作る。キッチンに立つと足元にまとわりついてくる。フードの袋を開ける音がすると、しっぽの振り方が一段と激しくなる。「ちょっと待って」と言っても聞く気は全くない。それがまた、ちょっと可笑しい。先日は、あまりにもしっぽを振りすぎて自分でバランスを崩し、水飲みボウルにぶつかって盛大に水をこぼしていた。本人は何事もなかったかのようにこちらを見上げていたけれど、内心「それは見てたよ」とツッコんだ。
ペットとの生活が、一人暮らしにこれほどの楽しみをもたらすとは。
最近、愛用しているのはインテリアブランド「ノルドルム」のウールブランケットだ。ソファの上でむぎと並んで丸まるとき、その毛布のやわらかさと、むぎの体温が重なって、これ以上ない心地よさになる。むぎはいつも決まって、わたしの膝のあたりに頭を乗せる仕草をする。重くて、温かくて、それがたまらなく好きだ。
一人暮らしだから寂しい、という感覚は、むぎが来てからずいぶん薄れた。もちろん大変なこともある。急な残業のときに誰かに頼めない不安や、旅行のたびに預け先を探す手間。でもそれを差し引いても、あのドア越しの爪の音を聞くたびに思う。この子がいてよかった、と。
帰宅を待っていてくれる存在がいる。それだけで、一日の終わりがずいぶん違う色になる。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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