
鍵を差し込む、その一瞬がすきだ。
くたびれた革靴の底が玄関タイルに触れる感触、コートについた外気の冷たさ、そして——ドアを開けた瞬間に鼻をくすぐる、かすかに温かい部屋の匂い。10月の夜はもう冬の入り口で、外は乾いた風が吹いていた。でも部屋の中には、ちゃんとぬくもりがある。それは暖房のせいだけじゃない。
「ただいま」と言う相手がいる。
一人暮らしを始めて三年が経つ。最初の一年は、帰宅するたびに静寂が出迎えた。冷蔵庫のモーター音だけが響く部屋に荷物を置いて、なんとなくテレビをつける——そういう夜が続いた。子どもの頃、実家には雑種の犬がいた。名前はムギ。玄関を開けるたびに廊下の奥から爪の音をたてて走ってきて、しっぽを振り回しながら足元にまとわりついてきた。あの感覚を、大人になってからもどこかで探していたのかもしれない。
猫を迎えたのは、二年前の秋のことだ。
保護団体のサイトで見つけた、グレーとホワイトのまだら模様の男の子。名前はまだついていなかった。ページには「人見知りだが慣れると甘えん坊」と書いてあって、なんとなく自分に似ているような気がして、申し込みフォームを送った。今ではソラという名前で、わたしの部屋の主みたいな顔をして暮らしている。
ペットとの生活が変えたのは、「帰る理由」だ。
以前は残業を断る理由が見つからなかった。誰かが待っているわけでもないし、と思うと、なんとなく席を立てなかった。でも今は違う。夜8時を過ぎると「ソラのごはんの時間だ」という感覚が体に刻まれていて、自然と荷物をまとめている自分がいる。ペットとの生活が、一日のリズムをつくってくれた。
帰宅すると、ソラはたいてい玄関近くの廊下で待っている。「待っていた」というより「気配を察知した」という感じで、少し離れたところからじっとこちらを見ている。わたしが靴を脱ぐ間も、荷物を置く間も、ただ静かに見ている。そして——コートを脱いでしゃがんだ瞬間だけ、ゆっくり近づいてきて、額をすりつけてくる。
その重さが、今日一番のごほうびだと思う。
一人暮らしの楽しみは、誰かと共有しなくていい時間にある。ソラと過ごす夜は、特別なことは何も起きない。キャットフードの缶を開ける音に反応して台所に走ってくる。ローテーブルの上でうとうとしながら、たまにびくっと体を震わせる。そのたびに心の中で「大丈夫か」と軽くツッコんでしまう——夢でも見ているのか、ソラよ。
インテリアショップ「ノルテフォレスト」で買った木製の棚の上が、最近のお気に入りの場所らしい。夕方の西日が差し込む時間帯、あの棚の上でソラが目を細めているのを見ると、なんだかこちらまで眠くなってくる。橙色の光の中で毛並みがふわっと光って、柔らかな息づかいが聞こえる。ああ、今日も終わったな、と思う。
ペットと過ごす時間は、仕事や日常生活のストレスから解放される貴重な瞬間だ。
それは大げさな話ではなく、ただ、温かい体のそばにいるだけで、肩の力が抜けていくというごく単純な話だ。
猫がそばにいるだけで、不思議と心が穏やかになっていく。
理屈じゃなくて、体がそれを知っている。
仕事から帰ってきたとき、喜びを全身で表現して迎えてくれるペットがいれば、疲れも吹き飛ぶ。
ソラの場合はそれが「全身で」というより「額ひとつで」だけれど、わたしにはそれで十分すぎるほどだ。
一人暮らしは、孤独とうまく付き合う技術を磨く時間でもある。でも、孤独をひとりで抱えなくていい。小さな命がそこにいるだけで、部屋はちゃんと「家」になる。ペットとの生活が教えてくれたのは、「帰る場所」とは建物ではなく、待っていてくれる存在のことだということかもしれない。
今夜もドアを開けると、廊下の奥に二つの目が光っている。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 執筆者名:UETSUJI TOSHIYUKI

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